これも何かの縁

ピアノとマンガの道を歩んできたハヤシのエッセイ・イラスト・物語集

腐女子を悪しざまに描いた『恋愛小説』(椰月美智子)にうすら寒さを感じた

椰月美智子の『恋愛小説』に登場するオタク・デブスへの描写にうすら寒さを覚えた。
今回はそのことについて語る。

ま、ワシはオタク寄りだから、オタクの味方をするし、オタクの肩を持つ。そんな立ち位置からの感想ということでお許しを。 

恋愛小説 (講談社文庫)

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目次じゃ!

オタク腐女子・ブスへのイジメ小説

さて――世間ではだいぶ認められてきた気もするオタクだが、それでも依然「気持ち悪い」「人間として問題がある」「犯罪者予備軍」という空気も残っている。

だから『恋愛小説』を書いた椰月さんも、ああいった描写をするのだろうな。でも作家って基本、オタクに理解があるものと思っていたのだが……。

以下、ネタバレご注意。見たくない人はここまで。

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えげつない『恋愛小説』のオタク女子描写

『恋愛小説』のあらすじ――20代前半の美人女子・美緒が主人公として登場する。

物語中盤から、美緒は、彼氏であるサスケが『不細工なジェロさん』と1回だけエッチしたことについて執拗にこだわるようになる。サスケがジェロさんとエッチしたのは、美緒とつきあうずっと前の話だというのに。

だが美緒は、サスケとジェロさんのセックス場面を想像すると吐き気を催すくらいに不快になり――そこから、美緒のジェロさんに対する『悪辣な表現』がしつこいほど続く。

作者・椰月美智子氏による『ジェロさん』についての説明はこうだ。
【アニメ好きの女子たちの同好会を想像してほしい】
【同人誌に漫画を描いていた】
【華やかな女子の中で異質な存在】
【流行に流されることなく、自分が興味あることだけに心血を注ぐ】
【流行の服や靴に興味ない】
不細工、ブス、デブ(大柄)、全体的な印象として「不潔」に尽きる】

ちなみに、ジェロさんとは『ジェロニモ』の略であり――アメリカインディアンのシャーマン、あるいは『009』の005・ジェロニモ、『キン肉マン』のジェロニモに似ていたので、そういうあだ名が付いた――とのこと。

しかし、ジェロさんの性格は堂々としていて、明るい。

そんなジェロさんに対する周囲の人たちの評価は――
【ジェロさんと喧嘩になったところで、ジェロさんは気に病むことがない人、二度と会えなくなっても何ら支障がない人】とある。

つまり、ジェロさんは皆にとって『どうでもいい人・嫌われてもかまわない人』ということだ。

なのに、周囲は親愛の情を込めて『ジェロさん』と呼んでいた、とも説明されている。

え? いや、おかしいだろう。あきらかにジェロさんは周囲から見下され侮蔑されている。親愛の情などあるはずない。『どうでもいい人』とされているのだから。

劇中「ジェロさんのことを悪く言う人はいなかった」としながらも「ジェロさんは周囲から気遣いなど必要のないどうでもいい人、誰にとっても都合がいい人と思われている」と説明し、『ジェロさんが周りから全く好かれていないこと』を臭わせている。

不細工で大柄で、周囲から見下されているオタク女子。でも性格は明るく自信家。それがジェロさんだ。

そして、そのジェロさんと何となくエッチしてしまったサスケ。ほかの男性はそんなサスケに驚き、「自分らはジェロさんとはできない(勃たない)」と言う。

もはや、ジェロさんは女性ではなく、珍獣のような扱いだ。

 

また、ジェロさんには、ちゃんと『お似合いの彼氏』がいた。もちろん『お似合いの』という言葉には侮蔑と嘲笑が入っている。

その彼氏とジェロさんの描写はこうだ。
【彼らからは同じ匂いがした。独特の趣向に位置する人たち。彼らはいまどき流行らない洋服を着ていた】

ということで――『恋愛小説』では中盤から、ジェロさんの気持ち悪さ、不気味さが、主人公・美緒の視点で執拗に描かれていくのだが――

容姿に恵まれた女の子が、自分の彼氏がずっと昔に『不細工なオタク女子』と1回限りの愛のないセックスしたことを、そこまで気にするだろうか???

当のサスケは、ほかにもいろんな女の子とエッチしているのだけど――主人公・美緒は『不気味なオタク女子とエッチしたこと』が許せないらしい。美緒はそのことでサスケを何度も何度も執拗に責めたてる

美緒が勝手に想像する『ジェロさんとサスケのセックス描写』も悪意に満ちており、読んでいて気分が悪かった。

要するに――【醜いオタク女子はひっそり生きろ、サスケのような上位層のイケメンに触るな、自分にふさわしい気持ち悪いオタク同士でヤっていろ】――と作者の椰月さんは言いたかったのだろう。それを『恋愛に生きる美人女子・美緒』に代弁させているのだ。

椰月さん自身が『世間の流行に背を向け、自分の趣味にまい進するオタク』を気持ち悪いと思っているからこその表現だろう。

『恋愛小説』はオタクではない不細工女子にも辛辣

実はこの『恋愛小説』には――ジェロさんのほかに『不細工な女性』がもうひとり登場する。『宇多川かおる』だ。

こちらも容姿が悪しざまに描かれている。小太りで目が小さい、エラが張っているなど、世で言われているブスの要素がそろっていた。
なのに、なぜかこの『かおる』も性格は明るく積極的だ。男たちから陰で侮蔑されているにも関わらず。

そして、この『宇多川かおる』は、彼女に『お似合い』な『不細工な冴えない彼氏』を振り、会社の男性たちを積極的に誘いまくり、ヤリマンになっていく。

※椰月美智子氏はひとまずブスキャラには『お似合い』の彼氏を宛がい、彼氏もろとも嘲笑し、見下す描写をする。

会社の男性たちは、ジェロさんよりはいくらか容姿がマシな『かおる』に対し――
『かおる』から誘ってくるし、断るのも悪いから、仕方なくエッチをする。ヤリたいというよりも「まあせっかくなのでやっておくか」という感じで、『かおる』は肉便器扱いされているのだ。

男性らから全く好かれていないし、愛されてもいない『かおる』の描かれ方はこんな感じで終わっている。
【日々、男性経験を増やすことに邁進し、少しでも好条件の男との結婚を夢見て孤軍奮闘している】

ブスキャラを侮蔑・嘲笑するイジメ小説

現在の『ブスの基準』にすっぽり当てはまってしまう女性が、己の醜さを自覚していないはずない。普通は劣等感に苛まれ、性格も暗くなりがち。積極的に数々の男性にアプローチするなど、まあ、ないだろう。

けれど作者の椰月美智子氏は、『ジェロさん』『かおる』の性格付けを『横暴』『明るい』『物おじしない』『自信家』とした。

そうしないと、彼女らを見下す主人公や周囲の者たちが悪者になってしまうからだろう。

が、容姿がそこまで醜く、周囲から侮蔑されまくっていて、そんな性格はありえない。あまりに特殊すぎる。なのに、そんな特殊な人物を2人も登場させたのだ。

作者の椰月さんは『不細工で、世間の流行に背を向け、おしゃれのセンスがない女性』が大っ嫌いなのだろう。小説の中では、そういった女性らへの侮蔑と嘲笑が満ち溢れており、作者による『ブスイジメ・オタクイジメ』を見ているようだった。

例えば――主人公・美緒は、ジェロさんのことを思い浮かべると、「オエっ」と吐き気を催す。

そんな美緒はサスケにこう言う。
「あの人=ジェロさんを触った手で、わたしに触ってほしくない」
「消毒液に全身浸かって、身体中を清めたい」
「サスケにこそ、消毒液に浸かってほしい」

ジェロさんはまるで『ばい菌扱い』だ。

子どものイジメにもあるよなあ。いじめっ子たちが「オエっ」と吐く真似をし、ばい菌扱いをするイジメ。

さらに美緒は、サスケに職場を変えるように迫る。今もなおジェロさんと同じ職場であるがため、サスケとジェロさんが接触する機会があるのが許せない。

これもまさに「あの子と一切関わるな」「あの子から離れろ」「無視しろ」「あいさつするな」というイジメと一緒。

この『恋愛小説』を読んで、オタク・デブやブスに対する作者・椰月美智子氏の悪意に、うすら寒さを感じた。

容姿に恵まれない女性に、あり得ない性格付けをし、醜いセックスをさせ、周囲からから侮蔑と嘲笑を受ける様子を何度も何度も場面を変えてしつこく描いている。

男性作家も、ここまで『デブ・ブス女性』を嘲笑を込めて悪しざまに描く人はいないのではないだろうか。

この椰月美智子の『恋愛小説』は『オタクやデブやブスに対するイジメ小説』である。

周囲から蔑視されているオタクやデブスの性格が自信家で明るいなんて、かなり特殊だ。本当ならば、相当な心の傷と劣等感を抱えているはず。なのにそういったことを描くことなく、ただただオタクとブスを哂いものにしただけの『恋愛小説』は、オタクや容姿の劣る者へのイジメを正当化する胸糞悪い作品だった。

『恋愛小説』はいじめっ子視点で描かれた作品

オタクを気持ち悪く描写した作品は他にもあるのに、なぜ椰月美智子氏の『恋愛小説』を底意地悪く感じたのか?

それは『いじめっ子側の視点からのみ描かれたもの』だからかもしれない。

繰り返しになるが――この「ジェロ」というあだ名は『009』の005、またはキン肉マンに出てくる『ジェロニモ』に似ているということで、「ジェロさん」と呼ばれているが、本人は気にしている様子もなく、そのあだ名を受け入れている。周囲も親愛の情を持って「ジェロさん」と呼んでいる――と『神視点』で説明されている。

でも、これはまるっきり、いじめっ子側の言い訳だ。

その『あだ名』には侮蔑、嘲笑が込められているにも関わらず――「いえいえ、親しみを込めて、呼んでいたんです」「本人だって気にしていなかったし」「傷ついている様子もなかったし」「嫌がってなかったし」と、いじめっ子らが、自分たちのイジメを正当化するのと同じ。

けど、侮蔑や嘲笑を込められたあだ名で呼ばれることを、まるで気にしないでいられる年頃の女性など皆無ではないだろうか。

それなのに、ジェロさんが傷ついている描写は一切ない。

もし、ジェロさんが傷つき、陰で泣いている場面があれば、ワシは『恋愛小説』に嫌悪感を抱かなかっただろう。

が、ジェロさんが傷つくシーンを入れてしまうと、主人公および周囲の者が『悪者』『加害者』になってしまう。だから、そんなシーンを入れなかった――ジェロさんは気にしていないし傷ついていない、としたかったのだろう。

だとしたら、これって完全に『いじめっ子側』に立つ小説だ。だから、とても嫌な感じがしたのだ。(ワシもどちらかというといじめられっ子だったので)

作者・椰月美智子氏は、数々の児童文学賞を受賞している作家であり、学校を舞台にイジメを描いた作品もある。そういった作品には、登場人物の繊細な心理描写があったりする。だからなおさら、デブス・オタクの心理描写が一切なく雑に描かれた『恋愛小説』に違和感を持ってしまったのだ。(ちなみに椰月美智子氏は美人だ)

誤解なきよう――別にオタクやブスを悪しざまに描いてもいいのだ。

しかし周囲から放たれる侮蔑の空気をオタクやブスはちゃんと感じるものだ。自分は嫌われているのだと分かるし、傷つく。表では平然を装ってもだ。

なのに椰月作品にはそういったオタクやブスが傷ついている描写が一切ない
傷ついていない=つまり被害者にさせないようにしながら、オタクやブスをただただみっともなく悪しざまに描いている作者が『いじめっ子』に見えた。

 

椰月美智子氏によるもうひとつの『オタク下げ』作品

未来の手紙 (光文社文庫)

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未来の手紙 (BOOK WITH YOU)

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椰月美智子氏の短編集『未来の手紙』の中の一編『忘れない夏』にも、スポーツ少年の中学生と、その姉であるオタク女子高校生が出てくるのだが、何気にオタクの姉が意地悪い。

この物語は弟視点で語られる。
内容は――引越しで転校することになって、学校の友達と別れることを嫌がる弟に、オタクの姉は「あんたのことなんか、みんな、すぐに忘れる」とバカにしたように笑う場面が出てくるのだが――

そんな姉に対し、弟はこう思う。
【あいつ(姉)はオレ(弟)に嫉妬してるんだ。オレとは正反対の影のうすい姉貴。中学のときなんて不登校で、ひきこもり寸前だった】
コミケだとかアニメ同人誌とか言って、はっきり言って、気持ち悪い】

そして、オタク姉の性格の悪さが、鼻につくような描写がされており、オタク姉は残念な性格のまま、もちろん弟と仲直りをする場面などなく、物語は終わる。

作品には作家の本音が出てしまう

というわけで椰月美智子氏の小説には――『恋愛小説』に出てくるジェロさんにしろ、この『忘れない夏』に出てくる姉にしろ、『オタク女子は外見も内面も残念』という描かれ方の作品が2つもある。

どちらもオタク女子に共感・同情できるような場面は一切なし。

椰月さんの作品をすべて知っているわけじゃないが、やっぱり椰月さんはオタク女子が相当に嫌いなんだろうな、と思ってしまった。ほかのキャラと較べて、フォローが全くなく、オタク女子にだけ厳しい。そして、どちらのオタク女子にも「気持ち悪い」という言葉が躍る。それは椰月さん自身がそう思っているからだろう。

物語作品には必ず作家自身の思いが現れるものなのだな……。

 

こういった作品へのアンチテーゼとして『これも何かの縁』では傷や劣等感を抱えたキャラが生まれた……のかもしれない。下で紹介する物語を書くきっかけともなった。

そこで短編連作小説『これも何かの縁』の紹介じゃ。

※劣等感まみれの僕の話↓※自分につけられたあだ名が嫌いな元オタク女子が主人公の物語↓※恋愛が苦手、同人誌・コミケを自分の居場所とするオタク女子が主人公の物語↓

※短編連作物語『これも何かの縁』目次↓

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