四条夫妻の幸せな日常風景。あまりドラマはないけれど。以下本文。
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淡い日差しを浴びて木の葉が紅や黄、橙色に輝く晩秋。
土曜日の朝、四条家の洗面所で静也は髭剃りに勤しんでいた。
というのも、仕事から帰ってきた昨晩――「パーパっ」と出迎えてくれた涼也を抱き上げ、かわいさ余ってつい頬ずりをしたら、大泣きされてしまったからだ。
今まで涼也への頬ずりは控えてきた。
でも1歳過ぎたし、理沙のほうは頬ずりしているみたいだし、涼也のマシュマロのようなホッペを見たら、んも~たまらなくなってしまったのだ。
そう、実は――静也は、丸っとしていて、やわらかそうなものが大好き。それが白っぽければ最高だ。
なので耳かきの棒の先は白いフワフワであってほしいし、白文鳥の『ふっくら』と『ぷっくり』のもっこりした丸いお腹にも心を躍らせてしまう。
もちろん、涼也のホッペも例外ではない!
「ああ、何やってんのよ~」
泣き声を聞きつけた理沙が静也から涼也を奪い――
「パパのお顔、イタい、イタいねえ~」
と涼也にヘンなことを吹き込んでいた。
そりゃあ~理沙の頬っぺたのようにスベスベじゃないけど、毎日、髭は剃っているし、時間が経ってくるとちょっとだけザラザラしている? というくらいで充分に許容範囲だ……と思っていたんだけど、違ったようだ。
が、それでも『パパの顔はイタい』っていうのはあんまりだ。
「そういうヘンな洗脳はやめろよ」
静也は頬に手をやりながら、一応モンクを言う。
「涼也の柔肌には、静也の頬っぺたは刺激が強すぎるのよ。涼也に頬ずりするなら、剃りたてでないと『パパのお顔はイタい』ってインプットされちゃうよ」
理沙はそんな恐ろしいことを口にしながら、静也に見せつけるかのようにお口直しならぬホッペ直しと称して涼也に頬ずりをした。
すると涼也はキャッキャと声を上げ、満面の笑みとなった。さすがママのホッペである。
だが、由々しき問題がここで発生した。
理沙がヘンなことを吹き込んだ所為か、涼也はこんなことを口にしていたのだ。
「パ~パ、イタ~イ、パ~パ、イタ~イパ~パっ」
何たることか、涼也の脳に「パパはイタい」とインプットされかかっている。
「パパのイタい不快なホッペよりもママのスベスベもっちりホッペがいいよねえ」
そう言うと、理沙はニカ~っと勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
「オレだって、ちゃんと剃れば、そこそこスベスベに……」
でも残念ながら、今の静也のお肌はちょっと荒れ気味だ。空気が乾燥しているからカサついている。
もともと男性は女性よりもお肌の水分量が少ないらしい。紫外線予防もしていないし、髭剃りで肌の角層も傷つけている。
男だから大して気にしていなかったけど、赤ちゃんのホッペと仲良くなるには、お肌のケアを考えたほうがいいかもしれない。
そこでネットでいろいろ調べて、翌朝――つまり今日、仕事が休みなので髭剃りに手間をかけてみた。
まず優しく撫でるように洗顔をし、お湯で濡らしたタオルで顔の下半分を覆って、髭を蒸らす。そうすると髭が膨張して、剃りやすくなるんだそうだ。
そして石鹸を塗り、3枚刃のT字剃刀を滑らせる。
刃の枚数は多いほうがいい。力を分散させるので肌を傷つけない。
髭剃りの後は肌の乾燥を防ぐために、理沙が使っている乳液を拝借し、塗りたくった。
「へえ、どれどれ」
理沙が静也の頬っぺたを触って確認する。
「どうだ?」
「うん、これなら涼也も満足よ」
理沙の太鼓判を得たところで、理沙の後追いをしてきた涼也を抱き上げ、静也は頬っぺたを近づけた。
今度こそ、涼也のホッペと仲良くしたい。
が、涼也は眉をひそめ顔を背ける。
いかんっ、もはや『パパの顔はイタい』と思われているようだ。即座にこの誤解を解かなくてはならない。
涼也の顔を静也の顔が追いかける。
そして、ついに静也のホッペは涼也のホッペを捉えた。
ペタッ……すりすりすり~。
ホッペがおはようの挨拶を交わす。
さて結果は――
涼也は泣かなかった。
ま、笑いもしなかったが、泣かなかったのだ。
「おめでとう」
とりあえず理沙が祝福し、拍手してくれた。
拍手に合わせて、涼也がバタバタとあんよを動かす。
機嫌はいいようだ。
ま……これで良しとしよう。
涼也の脳から『パパはイタい』が削除されることを願おう。
これからますます乾燥してくる時季、冬の乾燥肌に気をつけたいものである。
というわけで、男ながらにもっちりスベスベお肌を目指そうと誓った静也であった。