これも何かの縁

ピアノとマンガの道を歩んできたハヤシのエッセイ・イラスト・物語集

ランク付け・えげつない恋愛市場☆はあちゅうさんと恋愛工学

追記(2018年7月29日)

はあちゅうさんとAV男優しみけん氏の結婚(事実婚)を、爆笑問題太田光氏が弄り、はあちゅうさんが「見下された」と反発した件について。

ラジオ番組で「しみけんは、ろくでなし子かぱいぱいでか美と結婚してほしかった」という太田光氏に、はあちゅうさんは「きわもの枠にされた」とツイート上で発言し、ろくでなし子氏とぱいぱいでか美氏を『きわもの扱い』してしまった。

当然「はあちゅうさんこそ、ろくでなし子氏やぱいぱいでか美氏を『きわもの』として見下しているのでは」と炎上した。

はあちゅうさんは謝罪したものの、ろくでなし子氏とぱいぱいでか美氏を『きわもの』と捉え「自分と一緒にしてほしくない」という気持ちがあったのは事実だろう……。

はあちゅうさんの本音はおそらく――自分とダンナであるしみけん氏は『きわもの枠』ではない=彼女らと一緒にしてほしくない=自分たち夫婦は彼女らと違う=彼女たちと同じランクではない――といった感じか。

はあちゅうさんは林真理子氏に憧れているようで『世間に面白がられる文化人枠』を狙っているのかもしれない。あくまで『知的層に位置する文化人枠』ね。皆に弄られやすい『きわもの枠』は嫌なのだ。

で、はあちゅうさんの価値観では『知的層のほうがランクが上で、きわもの枠は下』なのだろう。

きわもの枠=見ている分には面白いけど、自分はああはなりたくない、憧れの対象にならない。むしろ哂いの対象であり、世間から下に見られている。

上昇志向の強いはあちゅうさんは『下のクラス』と一緒にされると、見下されていると感じてしまうのだろう。

ただ、こういった価値観は世間一般の人たちも持っている。『世間が見下すクラスの枠』に自分が入れられてしまったら、やはり見下されたと感じるはずだ。

たとえば、世間がブスだと思っているだろう有名人・芸能人を指し、「あなた、○○さんに似ているよね」と言われたら、傷つくだろう。○○さんと同じ『世間が哂う・見下している下のクラスのブス』と一緒にされてしまったと思うからだ。

けど「傷ついた」「バカにされた」と反発すれば、「あらら、○○さんに似ているのが嫌なの? それって○○さんに失礼じゃない?」と返される。そしたら何も言えない。だから反発できない。

これって上手く人を傷つける方法だよね。で、同時に実は有名人・芸能人である○○さんをもバカにしていたりするので、とてもえげつない。

ただ、太田光氏がろくでなし子氏やぱいぱいでか美氏をバカにしている(下に見ている)とは思えない。『性的表現に奔放で面白い人・自由人=AV男優しみけん氏と同じ枠の女性たち』ということで名前を出したのだろうけれど――はあちゅうさんはバカにされたと感じてしまった。

そう、はあちゅうさんは意外と『古い世間の価値観』にはまっている人なのかもしれない。

また、世間一般の多くの女性たちは『AV男優と結婚したはあちゅうさん』を面白がりはするが、憧れたり、ランクが上とは見ないだろう。一般女性らは、はあちゅうさん以上に古い価値観で物事を捉える。

そして、はあちゅうさんもそのことを感じているからこそ、太田光氏の発言を見下していると受け取った――ろくでなし子氏とぱいぱいでか美氏を『きわもの』とし、自分のダンナであるAV男優しみけん氏もきわもの扱いされた=見下されたとして怒ったのだろう。

恋愛市場のランク付け――はあちゅうさんはAクラスだっただけに(少なくともはあちゅうさん自身は自分をAランクだと思っているだろう)、結婚相手もAランクだとしたいだろう。

1万人の女性との性体験があり、100人以上のセフレがいるらしいモテモテなAV男優しみけん氏は、童貞と較べたらまさにSランク? 少なくとも恋愛強者であり、恋愛市場においては最上クラスなんだろうな。おまけに高収入らしいし。

もちろん、人の結婚を弄って笑いをとろうとするのはよくないかもしれない。

だとしたら同じく、人のコンプレックス(童貞など性的コンプレックス)を弄って笑いをとろうとするのもよくないのでは。そして弄った対象が『特定できる個人』か『特定できない集団』かどうかは関係ないのでは。

それとも『表現の自由』が優先される?

ただ、太田光氏の弄りは見下しはなく『ちょっとした笑い』をとったに過ぎないが、はあちゅう氏の童貞弄りは見下しと哂いがあった。少なくともワシはそう感じた。

 

 

ここから本文。

 はあちゅうさんと岸勇希氏のセクハラ・パワハラ問題』――この一連の騒動を見聞きし、なぜ『恋愛工学』が一部男性に持てはやされているのか、なぜそれが広がりをみせているのか、分かる気がした。

ただ、こうも思う。はあちゅうさんはじめとする女性たちの『恋愛至上主義的考え方』と男性たちの『恋愛工学的・女性蔑視的考え』はリンクしているかもしれない。

すでに恋愛は男と女の自己承認欲のためのゲームと化し、恋愛に覚めている人たちも増えている様子。宗教化している『恋愛教』の呪いから逃げることができれば、童貞や非モテやブサメンやオタクも、はあちゅうさんの弄りを気にしなくて済む。

そう、はあちゅうさんも藤沢数希氏の『恋愛工学』も、実は「恋愛などそんなに大事なものではない」と教えてくれているのかもしれない。

※恋愛工学って何? というそこのあなたはこちらをどうぞ↓

と前置きはこれくらいにして本題に入ろう。

目次じゃ。

えげつない恋愛市場

はあちゅうさんとホリエモン堀江貴文氏の対談。

 人間を『商品価値』と言ってしまうところに、うすら寒さを感じた。けど、それが現実でもある。
恋活も婚活も「相手を選ぶ」という行為は、自分と相手の商品価値(条件)を見るわけで、人間を品定めする結構えげつない世界だ。

そんな中、堀江氏の覚めた視点に共感した。そして、他人が決める価値観に興味はなく、ひたすら我が道を行くところにも。

その一例が――
「(友人である)ひろゆきさんの結婚についてどう思うか」と質問するはあちゅうさんに対し、「僕に何の関係あるの? 自分の関係ないことがどうして気になるの?」と返すところ。

多くの人は、他人の目を気にし、他人の評価を気にする。
だから『ランク付け』したがり、ランクが低い人間を見下し、反対にランクの高い人間に嫉妬したりするのだろう。

そして、知人友人が自分よりも先に結婚したり、彼女彼氏を見つけたりすると、焦ったり、嫉妬心を抱き、ややもすれば黒い感情に支配されてしまう。

なので堀江氏のような生き方、考え方ができれば、ラクになるのではないかと思った。

他人の人生(就職、恋愛、結婚や出産、離婚など)は、自分には関係ない。ホリエモンの言うとおりだ。

実はワシは、堀江氏の覚めた考え方が好きである。

そうそう『恋愛工学』の藤沢数希氏もホリエモンに近い考え方をしているよな。二人とも結婚に否定的で独身主義者だし。感性が似ているのだろう。

恋愛や結婚にあまりロマンチックに幻想を抱かないほうがいいということで、藤沢氏や堀江氏のある種『不健全に見られがちな考え方』に興味を持っている。

そう、彼らは現実主義者できれいごとも言わない。世間の常識、世間が良しとする価値観をぶち壊してくれそうだ。だから陰ながら応援している。

堀江氏や藤沢氏は辛辣で他者を見下しバカにする発言をすることはあるが、なぜか底意地悪さは感じない。おそらく、それは他者の目を気にせず(他者にさほど関心がなく)、我が道を行く人だからだろう。

もちろん『他者がするランク付けが努力する原動力になるという人』『他者から下される評価を上げることこそが快感という人』は、他人の目を気にしながら生きて、ランクを上げていけばいいと思うよ。

えげつないけど本音だからこそ刺さる・はあちゅうさんの言葉

次に、はあちゅうさんのコラムをいくつか紹介していこう。

以下、一部転載。

人間には確かに所属している階級があるのだ。そして自分にフィットする階級は年々変わるけれど、同じ階級の人といるのが一番心地よかったりする。

条件から始まる恋は無い。でも、条件が合っていないと一生を共に出来ないことだってある。恋愛感情で結ばれた二人が「結婚」を意識して、関係に終止符をうつ。


階級かあ。どんなところにもカースト制度があるようだ。
人間社会にいる限り、それは仕方ないことなのかも。

ランクを上げようと努力するか、世間の価値観に背を向けるか――ワシは自分が心地よくラクに生きたいので、できる限り世間に背を向けることにしている。低位で別にかまわない。
世間はそれを「孤独、寂しい人、不幸、かわいそう、負け犬の遠吠え」というのかもしれないけど。

でも最近、世間に背を向ける人が多くなっているかも。
だって疲れるもの。無駄に傷つくこともない。逃げられるなら逃げようぜ。

お互い、違う価値観・違う生き方を認め合うことは難しい。

 

はあちゅう氏:「女のBランクは、男のAランクを捕まえて、女のAランクは男のCランクを捕まえてしまう」

以下、一部転載。

Bランク女子は、他に遊ぶ相手もいないので、まだ若さが自分に残っているうちに、Aランク男子に果敢なアタックを続け、その執着によりAランク男子をめでたく獲得する。
反対にAランク女子は、遊ぶ相手がたくさんいて、より好みしていたり、適当にモテ気分を楽しんでいるうちに、気づけば「若さ」という武器を失って、残り物のCランク男子とくっつかざるを得ない。


う~ん、単に「遊んでいる女は結婚相手としてはふさわしくない」と考える男が、『遊んでいなさそうな女性』を選ぶだけの話では?

人をAとかBとかCとか、残り物とか……寒々しい気分にもなるが、何を持ってABCとランク付けしているのか?

ま、おそらく女性はまず容姿と年齢、ちょっとだけ学歴・職業も見られるかも?
そして男性は収入や学歴、職業、外見の総合評価といったところか。

友だちの結婚式の時も「あれはAランク、あれはBランク」とランク付けし、「あの子のダンナ、Cランクだよね」「あいつの嫁、Cランクだな」と見下し陰で哂い、優越感を得るのか、あるいは「あの子のダンナはAランク」「あいつの嫁はAランク」とうらやましがるのか。
そして自分はAランクをモノにしてみせると、闘志を燃やすのだろうか。あるいは嫉妬心に燃えるのか……。

いやあ、ワシは最底辺・無価値な人間でいいっす^^;
恋愛や結婚は運良くめぐり合う相手がおり、自然に任せてできればすればいいし、できなきゃそれでいい。
恋愛や結婚が絡む市場では、女性は年々価値が落ち=若さを失い、どうせランクが落ちていくんだし。

なんかねえ、そういった寒々しい価値観からも自由になりたいものよのお。

もう恋愛とか結婚ではなく、友だちでいいんじゃないだろうか。
友だちなら選び選ばれる基準は、楽しいか楽しくないか、話が合うか合わないか、そして性格重視となる。外見はさほど気にしないだろう。

ま、友だちとしてつきあうにも、同程度の経済力、話が合う合わないかは、年齢や学歴や職業にも関係してくるかもしれないが、恋愛ほどにランクは考えないはずだ。

あるいは友だちにもABCとかランク付けし、容姿や年齢、職業や学歴を気にする人、けっこういるのかしら?

気楽にランク付けしない人とつきあいたいものじゃが……この社会はランク付けが好きな人がたくさんいるのかも。

他者と闘うのが好きな人はランク上を目指すのだろう。
ランク付けされることで「がんばろう」と思う人間もいるのだろう。

が、ワシはのんびりラクに過ごしたいので、そういったギスギス世界からできるだけ遠ざかりたい。

あ、ちょっとだけ補足しておこう。
ランク付けについて、決して否定しているわけではない。

そういうものがあったほうが燃えることもあるし、価値をはかる基準があったほうが、目標が立てやすく、がんばりがいがある。

価値を数値化し、上下をはかりたいのが人間だ。
本来なら優劣つけにくい、点数つけにくいものにも、人間社会はつけたがる。

ミスコンだって1位、2位と順位がつく。「皆、それぞれ美しい、美に順位などつけられない」というわけにはいかない。
絵画や音楽コンクールだって同様だ。個人の感覚・好き嫌いが影響するものに、順位や優劣がつけられるのだ。

皆、それぞれ価値があり、オンリーワンって叫びたいけどね。現実はそういうわけにはいかない。

選ばれなかったり、負けてしまった場合「自分には無価値で無駄なダメ人間」って思ってしまうこともある。

なので、人が認めてくれればもうけもの。
無視されたり、選ばれなかったり、認めてくれないことのほうが普通であり、ゲームに負け続けても、そのゲームが楽しければそれでいいや、と思うことにしている。

他人にとっては簡単なゲームも、自分にとっては難度高すぎだったりすることが往々にしてある。
自分に合ったゲームを探し、楽しめればいいよね。

ま、他者のジャッジを気にするのはかなり疲れるし、さほど得にならないことがほとんど。他人に無関心になれば、相手がつける自分のランクも気にならない。

ワシの場合、幸運なことに他者のジャッジが人生を左右するような環境にないので、そう言えるのかもしれないが。

※関連記事

ランク付け社会に物申す・物語「これも何かの縁」番外編の紹介

※あらすじ→学校で下位ランクの『僕』、最下層女子『長山春香』に何を思う。学園もの。シリアスで重いけど救いはあるのじゃ。

『ランク付け社会』の中で劣等感を抱えながら生きている『僕』の話です。

 

※あらすじ→白井月子が自分のランクを守るために犠牲にしたのは――。テーマはイジメ。己の容姿に劣等感を抱える月子が犯した罪。

『白井月子』は世間でいうところのCランクなのだろうな……。だからこそ月子は『長瀬春香』を生贄にし、己のランクを守ろうとしてしまったのだった。

 

※あらすじ→中学時代、下位ランクだった長山春香、白井月子、そしてもう一人『モヤシ』こと八島麗華の話。彼女は、長山春香を犠牲にした中学時代をどう想い、今、どうしているのか。

『八島麗華』はランク社会から脱し、自分なりの幸せを見つける。こちらは少し軽めなお話です。

以上、3話は連作になってます。閉じられた教室内で最下層に追いやられたイジメられっこ『長山春香』が関わってますが、物語は独立してます。なお、長山春香は本編第2部より登場する主要キャラです。

 

さて、ここからは、本編に登場する主人公と主要キャラによるそれぞれ独立した番外編物語を紹介します。 

※あらすじ→恋愛や結婚を一歩引いて見ている冷静な未婚アラフォー女子が主人公。果たして彼女は勝ち組なのか負け組なのか。お彼岸のプチ知識など情報も入った軽く読める物語です。

『小林和江』は美人だからAランク? でもアラフォー未婚だからCランク?

 

※あらすじ→若夫婦のほのぼのハートフルなお話。血液型、重陽節句(栗の節句)の情報ネタ入り。明るい話で軽く読めます。

ここに登場する『四条理沙』は容姿はBランクよりちょい上かな。でも21歳で若いし、既婚者だからAランク? 美人だけどアラフォー未婚の『小林和江』よりはランクが上ということになるのか?

こうしてキャラのランクを考えるだけで、ランクって何だろう? と思ってしまうよな^^;

ちなみに『長山春香』は高校中退、家庭環境にも恵まれず、今現在は漫画のアシスタントをしていて低収入。世間の美の基準から外れ、皆から『ブス』と蔑まされ、いじめ抜かれてきたので、人を信用できず、性格も暗く、コミュニケーション能力もない。(本編第2部で生い立ち含め、明らかになっていきます)

そんな『長山春香』はCよりも下・最下層、最低ランクなんだろうな。ま、恋愛市場・婚活市場では『論外』に位置づけられるのだろう。

『これも何かの縁』はこういったことになんとか救いを見つけ出すお話です。

はてな版『これも何かの縁』(本編・番外編)目次ページはこちら。今現在、番外編のみアップ。近日、本編をアップします。

 ※この物語は2016年『ソネットブログ』および『ピクシブ』でアップされているものをリライトし、アップしてます。キャラの名前もその時につけられたものです。