これも何かの縁

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「通りすがりのあなた」感想・はあちゅう氏の小説内での童貞弄りと地味キャラの描写☆あなたと私はランクが違う

はあちゅうさん初の小説作品集『通りすがりのあなた』より『友だちなんかじゃない』で描かれていた地味キャラと童貞弄りについて感想を交えながら語ろう。

ランク下位に置かれる地味キャラな人はどうしたらいいのか、ヒントは恋愛工学の『非モテコミット』にあったので、ついでに恋愛工学小説『ぼくは愛を証明しようと思う』にも触れる。

以下ネタバレ注意。

目次じゃ!

作家はあちゅう氏が描く地味キャラ

通りすがりのあなた

通りすがりのあなた

※内容【友達とも恋人とも名づけられない“あなた”との関係。7通りの切ない人間模様が描かれた短編小説集】

はあちゅうさんの短編小説集『通りすがりのあなた』の中で、一番印象に残ったのは『友だちなんかじゃない』だ。

ちょいとスクールカーストを思い出させる話で――
ランクが下位の『容姿がダサく地味な友だち(ちなみに女)』がうざい、寄ってこないでほしい、あなたなんて友だちなんかじゃない、あなたのランクは上位である私(主人公)のランクに合ってない、というような描写が刺さる。

はあちゅうさん自身、ツイッターや著書などで、ステージ=ランクの話をしていたっけ。「ランクが下の人間とはつきあうな、切り捨てよ、上位の人間がいる世界を目指せ」というようなことを。

こういうことって、はあちゅうさんだけではなく、上昇志向の強い人はそう思っているだろう。ランクが下の人間とつきあうと成長しない、引きずられて自分も落ちてしまう、上位に進めないから下位の人間は切ったほうがいい、と。

何を持って『ランク』が決まるのか――年収や学歴や職、周りにいる友だちのステータス、および彼氏彼女のステータス、いろいろなジャッジ要素はあるけれど、容姿がよく華やかでおしゃれでセンスがいいか、ということも問われるようで――若い子たちの間では『地味でダサいと最下位』と見なされるようだ。

そんな地味キャラが忌み嫌われる話といえば、有川浩氏の『別冊図書館戦争2』が思い出される。

別冊図書館戦争II (図書館戦争シリーズ 6) (角川文庫)

別冊図書館戦争II (図書館戦争シリーズ 6) (角川文庫)

こちらの『別冊図書館戦争2』に登場する『地味キャラ(女性)』は皆からバカにされながら落ちるところまで落ち、ひとかけらの幸せも与えられなかった。しかし地味なので存在もすぐに忘れ去られるというオチ。完膚なきまでに惨めなまま終わった。

が――はあちゅうさんの『友だちなんかじゃない』の結末は、もうちょい優しい。
その『地味でウザい友だちもどき』は周りの空気が読めないけれど、性格はいいのだろう、実に親切だ。
最後、主人公はその地味な同級生に助けられ、ランクは下だけど地味な同級生の存在を認める。「友だちじゃないけど、忘れない」と。

ま、ランクが違うから『友だち』にはならなかったんだけどね^^;

うん、作家性って、こういったところに現れるよな。つまり、キャラの扱い方――どういった性格・性質のキャラを、どう描き、どういった結末にするのか――作家の考えや性格が大いに作用する。

はあちゅうさんについては、童貞弄りの件などで「地味な人やモテない人を見下す人」というイメージを持ったが――

地味キャラ・不細工キャラを雑にあつかった作家・有川浩氏や椰月美智子氏より、はあちゅうさんは優しいかもしれない。

恋愛小説 (講談社文庫)

恋愛小説 (講談社文庫)

たしかに『友だちなんかじゃない』では、モテなさそうな男子キャラを「だから童貞は云々」と見下したり、おしゃれのセンスがない不美人な地味女子キャラに対する主人公の言葉はキツイものもあった。

が、有川浩氏の『別冊図書館戦争2』や椰月美智子氏の『恋愛小説』に見られた徹底的な底意地悪さはない。

※地味キャラ・ブスキャラが雑に描かれた小説についての記事

かく言うワシも『地味キャラ』だ。なので物語上の地味キャラが気になるのだろう。

ちなみにワシの場合、快適に過ごしたいのでラクな格好でいたい。となると必然的に地味にならざるをえないのじゃ。
華やかさを演出するって疲れるし、体的に健康を害する。細く見せようと体をしめつけたり、化粧やネイルで肌や爪を傷めたり――おしゃれとは、不便・不快さとの闘いだ。そんなおしゃれが楽しいという人もいるが、ワシはただただ面倒で楽しくない。

※ちなみに肌はちょっとでもこすったりすると毛細血管が傷つき、その刺激でシミが増えるから要注意。マッサージなんてとんでもないぞ。乾燥と紫外線にだけ気をつければよい。

あとは地味でいることで、他者から哂われてもバカにされても虐められてもいいか、という問題が残る。

周りから不愉快な思いをさせられたり傷つけられたりして、かなり損をする・心が病むとなると、不便・不快さを我慢して装うしかないが、そもそもそんなことで哂ったりバカにする人間からは離れたほうが良いように思う。

ま、学校のクラスなど閉鎖された場にいると、なかなか難しいが――とにかく逃げるが勝ちじゃ。

基本、世間が良しとする価値観から背くと、嫌な目に合う確率は高くなる。同調するか、我が道を行くか――どっちがより自分にとって幸せか、快適か、だよな。

地味キャラは非モテコミットするな

ワシの若い頃は今ほどには『明確なランク付け・カースト』はなかったが、友だちに雑に扱われたこともあったりした。ドタキャンすっぽかし、おいてけぼり、などなど。

こんな人はどうしたらいいのか。

うむ、とにかく得意なことや好きなことを見つけ、ひたすら腕を磨くのじゃ。
特に伸び盛りの10代という時は貴重だ。

ぼっちを恐れなければ、そこそこ快適に過ごせる。嘲笑や悪口や無視など実害のないイジメは気にするな。

もち、それが難しいのは分かる。

でも、あなたを雑に扱う友なんぞ『友だちなんかじゃない』

ワシも今なら、堂々と一人で行動するし、なまじ他人と一緒だと気を使うので、一人のほうがいいとさえ思う。

んで不思議なことに「一人のほうがいい」と思うようになると、他者に雑に扱われることがなくなった。

これって、恋愛工学の『非モテコミット』に通じるよな。
追いかけると、雑に扱われ、見下されるものなのかも。

つまり『友だちもどきの尻』など追いかけないほうがいい、ということじゃ。

ちなみに『非モテコミット』とは、一人の人間にフルコミット=執着してしまうこと。自分に振り向いてもらおうとすると、かえって軽く雑に扱われ、悪けりゃ搾取されてしまう。モテを目指す恋愛工学では「コミットは禁忌」としている。

※恋愛工学についてはこちらを参照。

恋愛工学『ぼくは愛を証明しようと思う』の続編を希望するなら

恋愛工学といえば『ぼくは愛を証明しようと思う』だけど――これについても少し語っておこう。

内容は――『非モテのわたなべ君』が『恋愛マスターの永沢さん』と知り合い、女の子たちをナンパしまくり、モテを目指す話。

ぼくは愛を証明しようと思う。

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ぼくは愛を証明しようと思う。 (幻冬舎文庫)

ぼくは愛を証明しようと思う。 (幻冬舎文庫)

※コミックも全3巻

『ぼく愛』の続編について、一部の恋愛工学生は『主人公わたなべ君のその後』を期待していたようだけど、ワシは『恋愛マスターの永沢さん視点の話』が読んでみたいよなあ。

わたなべ君は普通といえば、ごく普通の人。平凡。なので印象に残らない。最初は地味キャラとして描かれているようだけど、決して下位ではない。中位。

わたなべ君よりも、彼を指導していた『恋愛マスター・永沢さん』のほうがキャラとして奥が深そうだ。

※やっぱ永沢さんは、作者である藤沢さん自身を投影したキャラなのだろうか。

永沢さんが主人公だと、今までにない『科学的・合理的な考えの下に生まれる冷徹な恋愛物語』が誕生するかも。『人間なんて所詮こんなもの』という冷笑・皮肉がちりばめられた、感情・幻想におぼれることが一切ない『新しい恋愛もの』。

って、それって恋愛なのか? とツッコミ入りそうだが、「そもそも恋愛とは何か?」ってことがテーマになりそうじゃの。

『通りすがりのあなた』感想

話をもとに戻そう。短編集『通りすがりのあなた』についてはどのお話も普通に共感できる。小説を読み慣れていない人におすすめ。
逆に小説を読み慣れている人からみれば、ちょいと物足りなさを感じるかも。

『通りすがりのあなた』の主人公たちは、感情におぼれることなく、自分を見失うことがない。相手にすがったりせず、過剰に相手に入れ込まない、執着しない――そんな主人公たちは、やっぱ『こうでありたいという誇り高いはあちゅうさん自身を投影したキャラ』のように思った。

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☆短編連作物語『これも何かの縁』にも「自分よりランクが下の同級生とはつきあいたくない」「自分のランクを守りたい」というイジメをからめた話があります。