これも何かの縁

ピアノとマンガの道を歩んできたハヤシのエッセイ・イラスト・物語集

月見に思う丸いお腹―中秋の名月☆人の生き方に口出ししてはいけない・マルチにご用心

今回の物語のテーマは――『他人に無関心、これが平和に生きるコツ』

静也の職場では『専業主婦VS働くママ』会議となり、女性陣にやり込まれそうになる静也。

でもよくよく考えてみれば――何を熱くなっていたんだろう、女の生き方なんてどうでもいいことなのに――そう、静也には関係のないことだ。適当に受け流すが得。

……いやあ、実はワシもリアル世界で人様の生き方に口出しし、熱くなってしまい失敗してしまった。

そう、こんなことがあった。

突然「会おうよ」と連絡してきた20年近く会っていない年賀状のやりとりのみだった音大時代の友人。どこか違和感があり、探ってみたら、案の定、健康を謳った高額化粧品のマルチ・セールス。

もう一人、会う予定に組まれていた友人もすでにはまっている様子。

その化粧品会社、ネットで調べたら悪評もけっこうある。「やめたほうがいい」と忠告して、やり取りしたんだけど結局、お互い後味悪く終わった。ま、ワシも熱くなってしまい、かなりキツイ物言いをしてしまった。

でも相手にしてみれば、ワシの忠告は余計なお世話・おせっかい。判断力があるいい大人が忠告を受ける謂れはない。

その友人は過去に大病をしたことがあり、弱みにつけ込まれているとワシは思ったが、友人にしてみれば「大病したことは過去のことであり、弱みではない」とのことで、「弱みと思うハヤシさんのほうが失礼だ」「謝ってほしい」「自分はこれが良いと判断している」と言われてしまった。

うむ、確かにそうだ。その通りだ。

人の生き方に口出すものではない。『関わらない』が正解。

ま、とにかく――身内が宗教やマルチにはまると困るけど、友人知人なら縁を切れば済む話。自分に害が及ぶなら別だけど、人の生き方に口を出すのは傲慢なことだ。

正義感って所詮、自己満足、自分勝手なもの。

正直言うと、マルチにはまった友人に忠告している自分に酔っていたところあった。救いたいというとても驕っている気持ちもあった。

ハヤシ、何様? 思い上がりも甚だしい。今思うと恥ずかし~。

なので、その友人らには謝罪をし、自分はマルチ・化粧品に一切、興味がないことを伝え、さようならをした。もう連絡することはないだろう。

※ちなみに『これ縁』の理沙も化粧品は安い乳液で保湿する程度。あとは紫外線に気をつければいい。役所勤めなのでメイクは口紅塗る程度ですむ。健康を思うなら、食品に金をかけたほうがずっといい。

それにマルチにはまったからといって、必ずしも不幸になるとは断言できない。ごく少数だが成功者もいるだろう。

※ちなみに売るべき商品がないマルチは違法だが、商品が存在するマルチは合法だ。

就職せずにプロブロガーになる若者も同様だ。100人に1人か、1000人に1人かは分からんが成功者はいる。で、成功しなくても不幸になるとは限らないのだ。

「宗教やマルチはやめたほうがいい」「就職もしないでプロブロガーになるのはやめたほうがいい」というのは、「結婚したほうがいい」「子どもを持った方がいい」「恋愛したほうがいい」という忠告と同じかもしれない。

「マルチはやめたほうがいい」との忠告は間違っていた。ハヤシ、大反省。

ま、日頃の交流がないのに突然、久しぶりに会おうと積極的に連絡してくる友人知人には要注意じゃ。

マルいお月様・マルい文鳥は好きだけど、マルチは嫌い。

では、以下本文。中秋の名月・お月見の由来、歴史など雑学満載でお届けします。

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 枯れ落ち葉が目につくようになり、秋の気配が色濃くなっていく9月下旬。
 静也が所属する○○市役所総務部広報課では、年に4回発行される市報誌『冬の号』の編集会議を行っていた。

 市報誌では市民から寄せられた意見や詩文なども載せることになっており、静也は『母への感謝』を綴ったある投稿を推した。
 その内容は――「添加物の入った市販の駄菓子は体に良くないと、母親は毎日おやつを手作りしてくれた。今、自分が健康でいられるのは母のおかげだ」――という心温まるもので、ほかのページで扱う『クリスマス用お菓子のレシピ』とリンクさせて構成してみてはどうかと提案してみた。

 しかし、この投稿を採用することに福田みすずが猛反対。
男女共同参画社会を目指す我が市は『働く母親』を応援する立場にある」
「毎日、子どもにおやつを手作りできる『働く母親』などいない。それは専業主婦にしかできない。なのに市報誌が、おやつを手作りする母親、つまり専業主婦を賛美するのはいかがなものか」
「おやつや料理に手をかけられない『働く母親』に罪悪感を与える」
 というようなことを弁舌滑らかにとうとうと述べてきた。

『働く母親VS専業主婦』という対立構図をわざと作り上げているかのような福田みすずの物言いに、静也は苦笑する。
「おやつを手作りしてくれる母親への感謝を取り上げることが、それができない『働く母親』を批判することになるんですか? 悪く受け取り過ぎです」

 そこへ、ほかの女性職員が茶々を入れてきた。
「毎日手作りって……暇じゃなきゃできませんよね」

 呆れた表情を隠さず静也はその女性職員を見やった。
「そこまで専業主婦を見下しますか?」

 会議室がシンとなり、微かな緊張感が漂う。

 女性職員は負けじと言い返す。
「四条さんこそ悪く受け取りすぎです。私は事実を言っただけですよ。実際『働くママ』は忙しいんですから」
「……」

 黙り込んだ静也に、女性職員はさらにこんなことを訊いてきた。

「四条さんの奥さん、今、産休でしょ。ってことは、ずっと働くつもりなんですよね?」
「まあ……今のところ、その予定ですが。それが何か?」

 訝しげに問い返す静也に、女性職員は勝ち誇った笑みを浮かべる。

「四条さんは奥さんに毎日の手作りおやつを強要するんですか?」
「しませんよ」
「でも四条さんが『毎日おやつを手作りしているママ』を持ち上げたら、奥さんはどう感じるかしら?」
「……」
「褒めるということは、それをしていない人を暗に批判していることになるんですよ」
「ならば、皆、他者を一切称賛できなくなります」
「大げさですね」
「大げさに捉えているのはそっちでしょ」

 静也はつい熱くなってしまった。女性職員の言い分は揚げ足取りもいいところだ。

 と、ここでのんびりした口調で黒野が割って入ってきた。

「毎日、おやつを手作りしている専業主婦も少ないんじゃないか。つまりレアケースだろ。レアケースなら『働くママ』とやらを追い詰めることにはならないんじゃないかなあ」

 暗に静也の肩を持ってくれたようだが、再び、みすずが論争に加わる。

「働くお母さんができないことを取り上げ、それを賛美する空気を作るべきじゃありません。そういった空気があるから『働くママ』の社会進出が進まず、女性の権利が損なわれるんですよ」

 こうして喧々諤々の議論が展開されて、結局――誰かを追い詰めたり不快にさせるような内容の投稿は見合わせようということになった。

「……息苦しい世の中だな」
 会議室から戻り、自分の席に着いた静也はため息と共に漏らした。

 実は、静也の亡くなった母もおやつを手作りしてくれていた。
 なので何だか母を否定された気分になり、面白くなかった。

 ――専業主婦だった母の生き方は、誰かを追い詰め、不快にさせるのか?『働くママ』の足を引っ張り、褒め讃えてはいけない、認めてはいけない生き方なのか?

 だから会議の終わりにこう言ってやった。
「では、これから『働く母親』を称賛する投稿も取り上げるべきではありませんね。専業主婦や子どもがいない人、結婚してない人など『ほかの生き方をしている女性』を追い詰め、不快にさせるということですから。それに専業主婦に対し『働け』と暗に批判することにもなりますしね」

 しかし静也の皮肉には誰も反応せず、ただ、やれやれという白けた空気が流れただけだった。

 ――だいたい『働くママ』の敵は小林主任みたいな人のことをいうんだろうに……。
 静也はもやもやした気持ちを抱えながら思う。

 ――要するに皆、自分と違う生き方をしている者や自分の意に沿わない生き方をしている者を見下したいだけじゃないのか? 自分の生き方、あるいは自分が目指そうとする生き方が一番正しいと思いたいだけなのでは? そもそも家事育児は『働く』に入らないのか? 

 そんなことを考えていたら、後ろから黒野の声が降ってきた。
「ま、役所は市民からのクレームは避けたいし、事なかれ主義でいくしかないからな」

「……」
 静也は黙ったまま、黒野へ目をやる。

「自分の生き方に自信ないヤツや迷っているヤツが多いのかもな」
 そう言うと黒野は、静也の肩を軽く叩き、自分の席に戻っていった。

 ――人間って狭量で面倒な生き物だな。
 静也は再びため息を吐いた。

 自分と違う生き方をしている人間とは距離を置くに限る。基本、他者とは分かり合えないのだ。
 だから自分も余計な衝突を避けるべく他人とはあまり関わらず壁を作って生きてきた。

 ――そうだ……何を熱くなっていたんだろう。女の生き方なんて、自分には関係ないことなのに。
 専業主婦だろうが働くママだろうが、勝手にやり合っていればいい。好きなだけ対立すればいい。
 理沙がそれによって何か不利益を被るのでなければ、どうでもいい問題だ。

 自分は、余計なことはせずに与えられた業務を淡々とこなせばいいのだ。

 その時、オレンジ色のやわらかい光が静也の視界に入る。
 窓へ顔を向けると、黄昏た秋空に西日が輝いていた。

 ――今日の夜は月がよく見えそうだ。

 そう、今晩は十五夜
 中秋の名月と謳われている旧暦8月15日は、新暦でいうと9月中旬に当たる。

 まん丸な月は、臨月に入っている理沙のまん丸なお腹を思わせる。
 ついでにお眠の時の『ふっくら』と『ぷっくり』の丸いお腹も……。

 ささくれていた静也の心が和む。

 十五夜の月見は、古代中国の『中秋節』が由来だ。
 その中秋節は、中国・周(紀元前1046~紀元前256年頃)の時代、豊作を願うため、帝が「春分の日」に太陽を祀り、「秋分の日」に月を祀っていたことから始まる。
 太陽と共に月も崇拝していたことで、月を愛でる行事が生まれ、それが日本の平安時代に伝えられたのだ。
 中国では月餅が供えられるが、日本では芋類の収穫の時期でもあるので里芋が供えられ、『芋名月』と呼んでいた。
 団子が供えられるようになったのは江戸時代からである。

 今夜の四条家の夕飯は、里芋の煮っ転がしに、和菓子好きな理沙のことだから月見団子も用意しているに違いない。

 幸福・健康・子宝に恵まれますようにとの願いが込められている月見団子と里芋――子どもが無事に生まれてくることを願いながら、それらをいただくことになるだろう。

 月の神様の依り代・魔除けの意味もあるススキも欲しい。
 この辺には生えてないから、花屋に寄って買って帰ろうか……。

 静也の心は、お月見モードに入り、外界へ通じる扉を閉じた。
 ――さっさと仕事を終わらせて、月を眺めながら家に帰ろう。

 

 

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