これも何かの縁

ピアノとマンガの道を歩んできたハヤシのエッセイ・イラスト・物語集

梅雨の休日☆和菓子の日―短命一家と言われて

世間では「結婚相手に出会うきっかけのトップは職場と学校」とのこと。やはり身元が保証されている、ある程度の期間を仲間として一緒に過ごすことで人間性をしっかり見ることができるというのは大きい。信頼感を得やすい。

逆に信頼感が得られないと、運命共同体となる結婚なんてできない。

それでも今現在ではセクハラ問題も絡み、職場の人間・仕事関係者と恋愛するのは相当なリスクをはらむようになり、特に男性は消極的にならざるを得ない。

結婚したいなら学生のうちに相手を見つけておかないと、結婚は難しい時代となるかも?

さてさて物語『これ縁』では――四条静也・理沙も中学時代からの同級生。今回は二人の縁が出会うお話。
そして、なぜ理沙が健康食にこだわるのかも明かされる。

※この頃の四条家では、炊き込みご飯が多い。凍らせておいた枝豆、ひじき、しらす干しやキノコ類や細かく刻んだ干し昆布や油揚や、季節によってはゴボウにレンコンなどの具をたくさん入れる。これだけで栄養バランスがかなり整う。椎茸は干したものを使ってもいいし、一度凍らせて半解凍して刻んだものでも、けっこうダシが出て美味しい。なのでお醤油(またはツユのもと)はほんの少しだけ炊く時にたらすだけでOK。充分、味が出る。食べる時には胡麻をかけて、お試しあれ。

ほか、和菓子の日、夏越しの祓のうんちく、梅雨の季節にピッタリなドクダミ湯を紹介します。

出会いは『運』『縁』。努力の範疇を超えたそういったものが大きいかも。

では、以下本文。

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 水無月
 梅雨入りした6月中旬の週末。

 ――雨の時季なのに何で『水が無い月』なんだろうね。
 雨滴に濡れる窓を見てふと口にしたら、静也がこう教えてくれた。『水無月』の『無』は連体助詞になるので、意味としては『水の月』ということになるのだと。

 旧暦の水無月は、概ね新暦7月に当たるけど、日本の本州は7月の中旬までは梅雨が明けず、やっぱり『雨の月』である。

 ちなみに、なぜ『梅雨』という漢字が当てられるのか。
 それは――黴(かび)が生えやすい時季として『黴雨(ばいう)』と呼んでいたが、梅の実が収穫される頃でもあるので『梅』の字を当てて『梅雨』となった説と、
 もうひとつは――古代中国では梅の実が熟する頃の雨季を梅雨(めいゆ)と呼んでおり、それが日本に伝わったという説がある。
 なお、『つゆ』という呼び方は『露』から来ているらしい。

 今日も霧のような小雨が、木々の緑や家々をぼんやりと霞ませていた。
 しんみりと寂しさを誘う天気の所為か、何となく気分が優れない。

 理沙は、梅ジュースの素となる梅エキスを作るため、凍らせた青梅を砂糖と共に瓶に入れて漬ける。亡くなった母がよく作ってくれた夏の風物詩。
 当時、子どもだった理沙も、梅の実のヘタ取りを手伝ったものだった。

 今でも失った家族のことを想うと切なくなる。そして心臓が縮むような恐怖を覚える。哀しいという言葉では言い表せず、今も胸を軋ませる。
 そんな理沙の、分厚い瘡蓋をこしらえた心の隙間から過去が顔をのぞかせる。

    ・・・

 両親を交通事故でいっぺんに亡くした理沙は14歳の時、児童養護施設に入所した。

 その施設は、今まで通っていた中学校の学区内にあったので転校せずに済んだものの、家族を失ったショックでしばらくの間、学校を休んでいた。
 が、いつまでも甘えは許されず、そのうち施設長の指導もあり、ある朝、同じ施設にいた四条静也に付き添われて、登校することになった。

 静也とは同じクラスだったものの、当時はさほど親しくなく、施設に入った当初もほとんど口を利かなかった。
 静也のほうも話しかけてくることはなく、二人の間にはただただ鈍い沈黙だけが横たわっていた。

 教室に入り、久しぶりに姿を見せた理沙に同級生たちが近寄ってきた。
 皆、それぞれに慰めの言葉を口にする。

 が、どんな言葉も理沙を癒すことはない。それより放っておいてほしかった。
 同級生らもそれを察したのか、硬い表情の理沙から離れていった。

 静也は自分の席に着き、それとなく理沙のほうを伺っていたようだけど、沈黙を貫いたままだった。

 そんな中、あとから教室に入ってきた一人のクラスメイトが理沙に声をかけてきた。
「理沙ちゃん、大変だったね。今、施設暮らしなんだって?」

 無言で頷く理沙に、その女子生徒は質問を続けた。
「お祖父さんやお祖母さんもいないの?」

 理沙の祖父母は父方も母方もすでに亡くなっており、両親には兄弟姉妹もいなかったので親戚も存在しなかった。

 そう言葉少なげに説明すると、女子生徒はこう言った。
「短命一家っていうか……家族の縁が薄いんだね」

 その子はあまり空気を読まないマイペースな女子生徒だった。悪気はなく、単に訊きたいことを訊き、思ったことを正直に口にしただけなのだろう。そのあと、こう付け加えた。
「理沙ちゃん、何か憑いているんじゃない? お祓いしてもらったほうがいいかも」

 その女子生徒は占い好きで、運命とか神様とか呪いとか悪魔とか前世とか霊とか、そういったものを信じており、彼女なりに理沙のことを心配してくれたのだ。

 それでも「短命一家」「家族の縁が薄い」という言葉は、理沙の心をえぐった。
 いつしか理沙の顔色は青ざめ、体が震えていた。心の奥底から何かがせり上がり爆発しそうだった。それを飲み込もうとして両手で口を押えた。

 と、その時――静也がこの会話を聞いていたのか、理沙の席へやってきて、話に入ってきた。いつも休み時間は独りで本を読んでいることが多く、どこか人と距離を置き、友だちの輪に入ることがない彼にしてみれば、めずらしいことだった。
「オレも短命一家ということか。親戚はいるけど、経済的に無理ってことで養育拒否されたっけな。家族の縁が薄いのはオレも同じだ」

 すると女子生徒はちょっと興奮した様子でこんなことを口にした。
「わあ、理沙ちゃんと四条君、似た運命なんだね。今、同じ施設にいるんでしょ。ちょっと縁がありすぎ。うん、きっと神様がそう采配したんだよ。二人は強い縁で結ばれているんだよ」

 そう言われてみれば、そうかもしれない……。
 施設へ送られた時、同じクラスの四条静也がいたことは知っていたけど、その時は挨拶さえ交すことはなかったけれど――

 この時から理沙は静也を意識するようになった。
 女子生徒の言葉に引きずられ、理沙の中で爆発しそうだった何かは霧散し、その代わりに『四条静也』という存在がゆっくりと心の底に巣くっていった。

 あとから聞けば、静也のほうも女子生徒に言われるまでもなく、この確率――二人とも保護者を亡くし、ほかに養育してくれる親戚がおらず、入所時期はかなりずれているものの同じ施設に送られ、同じ中学校で一緒のクラス――は奇跡のようなものだと思っていたらしい。
 科学的で合理的な思考をする静也だが、この時だけは不思議な縁を感じていたようだ。

 それから理沙と静也の距離がぐっと縮まった。
 でもその分、ほかのクラスメイトたちは、施設で暮らしている二人を遠巻きにして伺うようになり、今まで親しくしていた理沙の友だちは離れていった。

 ……いや、理沙のほうから離れた。
 家族がいる幸せそうな友だちと一緒にいると、どうしたって嫉妬や僻みが黒い染みとなって心にへばりつく。

 友だちが不幸になることを願う自分がいる。自分がどんどん嫌な人間になっていく。それを止めるには、友だちとの間に壁を作るしかなかった。

 決して癒えることのない……やるせない気持ちを分かち合えるのは、恐ろしいほどの寂しさを共有できるのは、同じ境遇の者同士だけだ。
 理沙はこの時、なぜ静也がクラスメイトらと距離を置き、あまり交わろうとしなかったのか分かった気がした。

 あの頃から周囲にバリアを張り、理沙と静也は二人ぼっちになってしまった。

   ・・・

 霧雨はまだ続いていた。

 短命家族――中学生だった時のクラスメイトの悪気のない言葉は今も忘れられない。

 理沙は改めて強く誓う。
 もう家族の縁が薄いなんて言わせない。静也との縁は何が何でも守る。二人とも平均寿命を超えてみせる。そして絶対に子どもに悲しい思いをさせない――いつの間にかお腹に手をやっていた。

 自分にできるのは、事故に遭わないよう交通ルールなどを守り、無茶をせず、無難を心がけ、健康を維持するため規則正しい生活をし、食事に気を遣うことだ。そのために栄養バランスの良いお料理を作らなければ。

 ……でも、たまにサボりたくなる……。

 完璧主義はストレスがかかって、かえって健康を害する。無理をしないことも大切だ。「適当でいい」と静也も言っていたっけ。
「今日はちょっと元気出ないし、ラクさせてもらおうかなあ」

 そこへドアを開け閉めする物音が理沙の耳朶に届く。
 静也が朝風呂ならぬ昼風呂から出てきたようだ。

「なかなかいい湯だったぞ。ドクダミ湯。いかにも薬湯って感じで」
 キッチンに入ってきた静也はご機嫌な様子でタオルで頭を拭き拭き、理沙に声をかけてきた

 ドクダミ湯――あの強い匂いを放つドクダミ草の湯だ。

 ドクダミ草は、その臭気の元となる成分に、菌の繁殖を抑制したり、炎症を抑えるなどの薬効があり、昔から万病に効く薬草として『重薬』『十薬』と呼ばれている。利尿、解熱、解毒、消炎、抗菌作用など多くの効能があり、ドクダミ湯に浸かるとあせもや湿疹を鎮め、新陳代謝を高め、お肌にも良い。

「そうだね、じゃあ、私も入ってこようかな」
 梅雨寒の所為か体も冷え、今一つ元気が出ない理沙は浴室へ向かった。

 今も小さな白い花を咲かせているドクダミ草は、静也と理沙の住む賃貸マンションの裏の空き地にも群生しており、採り放題だ。
 もちろん今日の湯もそのドクダミ草を使わせてもらっている。

 薬湯の作り方は――ドクダミ適量(30g程度)を布袋に入れ、鍋で15~20分煮出し、終わったら布袋ごと浴槽に入れる。入浴中にその布袋を揉むとさらに成分がよく出る。

「こ、これは……効く~」
 静也が作ってくれたドクダミ湯に浸かった理沙はこの強烈な臭気に圧倒される。あまりの刺激に鬱屈していた気分が消し飛んだ。

 が、この独特の臭いの強さが、効能が高いことを示しているのだ。しばしガマンしているうちに、心なしかお肌はツルツルのスベスベのピチピチになった……ような気がした。
 ドクダミは古来から、お肌に使われてきた歴史ある薬草でもあるのだ。

「雑草として除草するのは勿体ないよね……」
 特に「お肌にいい」というのがポイント高い。薬湯は全て肌にいいのだが、このドクダミパワーは別格な感じがする。

 そんなドクダミの名前の由来は――
 その臭気から「何かの毒がある」として『ドクダメ(毒溜め)』と呼ばれるようになり、そこからドクダミに変化したという説と――
 ドクダミは古くから『吹き出物の薬』として使われており、吹き出物は体の毒が吹き出てきたものと考えられていたため、その毒を治す草として『毒矯め(ドクタメ)』と呼ばれていたからだ、との説がある。

 強烈なドクダミ湯で沈んでいた気分が浄化され、いくらか元気を取り戻した理沙は風呂から上がると、静也を誘って夕飯の買い物に出た。
 ただ、やっぱり今晩はお料理をお休みさせてもらい、近所のお店で何か出来合いのものを買うことにする。静也も快く賛同してくれた。

 外に出ると、雨はいつの間にか止んでいて薄日が差していた。
 家々の庭先で瑞々しく咲いている紫陽花の涼しげな色彩に心が和む。

 薄曇り空が黄昏てきたものの、日はまだまだ長い。晴れれば強烈な紫外線が襲ってくる時季、厚い雲に覆われた曇り空や雨空はそんな紫外線をやわらげてくれる恵みの天気だ。
 そう思えば、湿っぽい雨の日が続く梅雨の時期も感謝の気持ちで過ごせる。

 二人はお寿司屋さんへ行き、お稲荷さんと太巻きをお持ち帰りした。
 甘いものを食べると元気が出るということで、和菓子店にも立ち寄り、小豆が練り込まれた葛餅風の涼しげなお菓子も買った。

「そうそう、和菓子の日ってあるんだよな。6月16日だっけ」
 ふと静也が話しかけてきた。

「へえ~っ」
 それはまたおいしそうな日である。理沙の目が輝く。

「6月16日に16個の菓子を供えて疫病を祓う行事――嘉祥(かしょう)の儀って言うんだけど、そこから来ているらしい。起源は諸説あるみたいだけど、平安時代からあったようだな」
「歴史あるんだね」
「江戸時代は、将軍が大名や旗本らに与えるために2万個の菓子を江戸城の大広間に並べたんだとか」
「盛大だねえ。じゃ、16日は思いっきり和菓子を食べようか」

 洋菓子はもちろん大好きだけど、和菓子もけっこう好きな理沙である。とにかく甘いものに目がない。

「和菓子といえば……京都では6月30日に『水無月』っていう菓子を食べるんだよな」
「そんな和菓子があるんだ」
「三角形のういろに、小豆をまぶしたものらしい。小豆は厄除けの意味があるからな」
「ん、6月30日に厄除けをするってこと?」
「ああ、6月30日はちょうど1年の半分だろ。その半年分の穢れを祓う『夏越の祓(なごしのはらえ)』っていう行事があるんだ。京都に限らず日本各地の神社で行われる神事だ」
「じゃあ、うちも半年の穢れを祓うということで、6月30日は小豆づくしといきますか。小豆を使った和菓子は当然として……あとは、お赤飯にでもしようかな」
「いいね」

 お赤飯は静也の大好物でもある。

「でも、菓子の食い過ぎはほどほどにな。糖分の取りすぎは血管、ボロボロにするし」
「分かってるって」
「それに太るしな」

 耳をふさぎたくなることを言う静也に、理沙は言葉をかぶせる。
「とにかくっ、日本の文化や風習を大事にしなきゃ。6月って何にもないと思っていたのに、こんなおいしい行事があっただなんてね」

 太るのを阻止するにはカロリー消費。つまり代謝を上げればいいのである。そうだ、あのドクダミ湯を大いに利用し、新陳代謝を促すのだ。
 ただの雑草と思っていたマンション裏の空き地に群生しているドクダミ草が今ではありがたく光り輝いて見える。

「何だかお腹が空いてきちゃったね」

 食べ物の話をするとお腹が影響を受ける。

 買い物から帰ってきた二人は、さっそく夕食にした。
 お茶の用意をし、包みを開けて、お稲荷さんと巻き寿司を頬張る。甘辛に煮ふくまれた油揚げのコクのある煮汁がじゅわっと口に広がり、中の五目寿司飯がほどける。巻き寿司の海苔の香りもたまらない。

 デザートの和菓子も堪能。
 小豆が練り込まれた葛餅はほんのりと甘く上品で繊細な味わいだった。

 夕食を終えると、再びドクダミ湯に浸かり、リラックス。
 理沙はドクダミ草が入った布袋を揉みほぐし、代謝が上がるようにとお祈りする。強烈な匂いはまだまだ健在。

 体を弛緩させ、湯に身を任せているうちに、いつの間にか降り始めた雨が浴室の小窓を叩いていた。
 今夜は雨の音を子守歌に眠りに就くことになりそうだ。

 

 

※次話

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