秋魚に乾杯☆お彼岸―アラフォー女子の幸せ
今まで、短編連作小説「これも何かの縁」番外編では――
「蝉―僕のランク」 「あだ名―中秋の名月」 「豚草―腐女子の誇り」
とコンプレックスやイジメをテーマとする話が連作風に3つ続きましたが、今回4編目は全く関係なく独立したお話で『アラフォー独身女子・小林和江』が主人公。本編でも活躍する主要キャラです。美人で誇り高くポジティブ思考、劣等感やイジメとは無縁の彼女だが――。やっぱり世間はアラフォー独身女子を本音では見下している?
シリアス度低め、お彼岸の雑学あり。
以下、物語本文。
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お彼岸に入り、秋が深まりつつある今日この頃。
○○市役所に勤めるアラフォー独身女子・小林和江は、学生時代からつきあっている気のおけない友人たちと女子会を開き、憂さを晴らしていた。
話題の主役はやっぱり恋愛。そして仕事や人間関係の愚痴。今回、集まったのは、女子会メンバーの中の一人が彼氏に浮気されたらしく、別れを決意すべく背中を押してほしいとのことで、和江たちは快くその話に乗ったのだった。
この歳になっての彼氏との別れは厳しいものもあるが――
浮気をされたということは、それだけ軽く見られているということでもあり、自分を雑に扱うような相手とつきあいを続けても、この先いいことなどない。
さっさと見切りをつけ別れたほうがいいと、和江をはじめ友人らは背中を押して押して押しまくった。
浮気は男の甲斐性? バカ言っちゃいけない。
「男が浮気するのは、自分の種をばらまくため」という説もどうやらこじつけらしい。
精子をばらまくのは魚類などの下等生物がやることだ。
もちろん、自分が作った子の面倒など見ない。
ばらまいて終わり。放置だ。
一方で子をきちんと育て、子の成長を見守るために伴侶と協力をするのが高等動物である。
高等になればなるほど、集団を形成し、群れや家族を作る。そうした社会性というものが進化の過程で培われていき、その頂点にいるのが人間という種だ。
要するに浮気をする男は進化しきれていない下等動物なのだ。
「下等動物だと分かってよかったじゃない。あなたに魚男なんて似合わない。魚とつきあいを続けても仕方ないじゃない。魚男などこっちから願い下げ」
和江はそう発破をかけ、箸でつまんだ刺身をその友人の目の前でプラプラさせてから、口へ運び、頬張った。いつもよりも噛み砕き、お腹の中へ収める。
ここは魚料理を売りにしている和食レストラン。白ワインと新鮮な刺身の盛り合わせが絶品だ。アボガドとマグロのカルパッチョもイケている。
「そうよねっ」
「和江、いいこと言う~」
和江の魚発言は、大いに場を盛り上げた。
そう、自分たちはそれなりにプライドを持って生きている。
若さという価値がなくなりつつあるが、だからといって男どもに見下される謂れはない。
ちなみにこの学生時代からの同期の友人らは和江と同じく独身か、結婚していても子どもを持たずバリバリ働いている――要するに、ある程度の自由時間と経済力を持つ女性たちだ。
子持ちの専業主婦の人たちやパートで働いている人たちとは、そういったところが合わなくなっていき、ついでに話題も合わなくなっていき、疎遠になった。
職場関係の女性たちともそこそこ仲良くやっているつもりだが、世代もそれぞれ違うし、中には和江を嫌う者もいた。
和江はけっこうな美人であるが、キツイ印象も与えてしまうようだ。
実際、物事をズバズバはっきり言うし、トロトロしている人を見るとイラっとする。
ま、合わない人間はどこにでもいるものだ。
和江を遠巻きにする職場の連中は陰でこんなことを言っているらしい。
「小林主任って結婚してないんでしょ。理想が高そうだもんね」
「小林主任と結婚しても疲れそう。癒されないっていうか……それにもう40近いんでしょ。年齢的にもアウトじゃない」
「男はやっぱり若いコのほうがいいからね」
「満たされていないから性格がキツクなるのかも」
「ある意味、かわいそう?」
「幸せそうには見えないよね」
和江は昔で言うお局様扱いされているようだ。
そんな彼女らを。和江は心の中で切って捨てる。
年齢で人をアウトだと見下す傲慢さを持つ彼女たちの武器は「若さ」だけ。
いずれ自分たちも歳をとることを知らないのか。
そもそも和江が幸せなのか不幸なのか、和江にしか分からないことを話題にし、それで勝ち負けをはかろうとする浅はかさに呆れ果てる。
――下らない。
それでも和江はこうも悟っていた。
彼女たちは世間一般の価値観を映す鏡でもあるのだ。
その鏡に映る自分はかわいそうに見えるようだ。いや、そうであってほしいのだろう。
けれど和江自身は、たまに憂さがたまるものの労働環境が整っている安定的な職を得て、老後の資金を蓄えながら、好きなものを買える経済力もあり、たまには海外旅行を楽しみ、自由な暮らしを満喫し、幸せである。
今はちょっと切らしているけど、恋愛もそこそこ楽しんでいる。
アラフォーがアウトですって? それは女だけじゃないのよ。
男も38歳過ぎると精巣機能が衰え始め、男性ホルモンも下がり始めて、オス度が低下する。
だからお互い様。
それに今日の和江は調子がいい。排卵日直前だ。
排卵前は女性ホルモンであるエストロゲンが増加する。
いわば女らしさが高まっていき、お肌はツヤツヤ、いい女度が増すのだ。
もちろん排卵日をピークにそれは下がるのだが、次の排卵日に向けて再び復調する。
その繰り返しだ。
波に乗れる日はイケイケで、乗れない日は休めばいい。刺激を求め、機会があれば男がいるいろいろな集まりに参加してみるが、無理して出会いを求めることなく、自然に任せている。
和江は決して恋愛至上主義者ではない。
結構、冷静に引いて見ているところもある。いいパートナーと巡り合えば結婚してもいいし、できなきゃできないで仕方ない、そう割り切っている。
まずは相手ありきだ。
恋愛ありき、結婚ありきではない。
恋愛幻想にも結婚幻想にもはまらない。
――依存体質の子が、そういうのにはまるのよね。
依存型は周りの空気に流されやすい。
『自分』というものを持っていない人間は和江の一番苦手なタイプ。
そういう人間は世間の価値観と密着し、恋愛幻想や結婚幻想を押し付けてきて、それらが素晴らしいものと信じている。経験すれば、さほど素晴らしいものではないことを知るだろうに、それを認めようとしない。
だって認めたら自己否定することになるから。
けど物事には必ずマイナス面もある。100%素晴らしいものなどないのだ。
うまくいけばとてもいいもの――家族愛、夫婦愛、恋愛――は悪いほうへ転がると、人生をめちゃくちゃにしてしまうくらいの破壊力がある。
そんなリスクをはらんでいる。
よく聞くデートDV、夫婦間暴力・家庭内暴力。下手すりゃ犯罪に発展することもある。憎み、憎まれる関係となり、なのに簡単に逃げることもできない。
だから余計に憎しみが増幅される。
そこまでいかずとも……世間がお勧めする生き方を目指したところで幸せが約束されているわけじゃない。離婚や家庭崩壊の話はよく聞く。
海外では婚前契約を結ぶ人も多い。
つまり、離婚した場合についての財産分与などを決めてから、結婚するのだ。予め「離婚した場合」のことも考え、リスクに備える。式では永遠の愛を誓いながら――。
理想と現実をうまく使い分ける人間が、幸せをつかむのかもしれない。
そう考える和江を、常識人ぶった彼らは「冷たい」と言う。
やれやれだ。今時、リスクを考えない生き方こそナンセンス。
ただ理想=幻想を本気で信じられる彼らはそれはそれで幸せなのかもしれない。
結局、人生勝ち負けではなく、幸せかどうかだ。そして幸せかどうかは自分が感じるもので、他人があれこれ判定することではないのだ。
「ちょっと~和江ったら聞いているの?」
自分と似た価値観を共有する友人らが、和江の顔を覗く。
いけない、ついボーっとしてしまったようだ。
和江は我に返り、苦笑する。
「ああ、ちょっと意識が彼岸に行っていたみたい」
彼岸とは、あの世のこと。お彼岸シーズンまっただ中の今に掛けて、心ここに有らずだったことをそう表現してみたが――
「何それ」
友人らには分かりにくかったようだ。
和江は説明する。
昼と夜の長さが均等になる春分と秋分のお彼岸シーズン――厳密に言えば春分の日と秋分の日は『この世である此岸』と『あの世である彼岸』が通じ、魂が行き来できるのだ。
「へえ。この世は此岸って言うのか~」
友人らも相槌を打つ。
もともと『彼岸』は、欲や自尊心を捨て去った悟りの境地のことをいう。けど実際、そんな境地に達するのは難しい。
しばらくは煩悩に満ちた現世である此岸で迷いながら生きることになりそうだ。けど、それもまた楽し。
和江はこれといった不満もなく、そこそこ快適な日々を送っている。
この生活を変化させてもいいというような男性はなかなか見つからないだろう。そんな現実も受け止めている。ばらまき下等動物・魚男などもってのほか。
もちろん、料理されたお魚とお口の中でつきあうのは大歓迎。テーブルには刺身の盛り合わせのほかにも、甘酸っぱい梅だれがかかった鯵の竜田揚げ、脂がのった秋鰹のたたき、レモンとシメジとエノキをのせた鮭のホイル焼きなどの魚料理が並んでいる。
それらに舌鼓を打ちながら、友人たちとのおしゃべりは続いた。デザートはさっぱりとした柚子のシャーベットで締める。
テーブルに空の器が並び、話が出尽くし、会話に間が空いた頃「さて、そろそろお開きにしますか」と誰からともなく声が漏れ、お互い頷き合う。
座が解け、場の温度が下がる。
少々の寂しさが紛れ込むものの、ほろ酔い気分で心は大満足。
会計をして店を出ると、外は思いのほか涼しく、ひんやりとした空気に思わず身震いする。こういう日は浴槽に湯を張ってゆっくりと浸かりたい。
友人らと別れ、和江は帰途に就く。家には母が待っている。
濃くなってゆく夜に急き立てられながら、和江の足が速まった。
実は今日、ここに来る前にデパ地下に寄って、おはぎを買っておいたのだ。
和江は膨らんだカバンにそっと手をやる。
食欲の秋――家に帰り入浴を済ませたあとは小腹が空きそうだ。
太るのが心配といえば心配だけど、おいしい日本茶とおはぎで、秋の夜長を母と過ごすのも悪くない。この世=此岸を豊かにたっぷりと楽しもう。
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