これも何かの縁

ピアノとマンガの道を歩んできたハヤシのエッセイ・イラスト・物語集

ただ今チンチンこじらせ中☆ナンパ師VS恋愛工学とナンパ爺・紀州のドンファンこと野崎幸助氏をドラゴンボール風に語る

追記。

紀州ドンファン怪死事件続報。

あれからネットではドンファン妻の画像(AV女優時代、整形前の高校時代の顔写真など)が流失し、「整形だったのか」「それにしてはさほどでも」「微妙」「お笑い芸人『ピンクの電話の甲高い声のほう』に似ている」などなどの声が聞かれた。ま、絶世の美女ではなかったようじゃ。

またドンファンは若き妻との出会いを「空港で転んだときに優しく抱き起され云々」と発言していたが、実はデートクラブで知人を通して知り合い、その場で札束を渡し、つきあうことになったようで……。

ドンファンよ、ちょいと残念な気分。なぜチンケな少女漫画みたいなウソを。スーパーATMとして堂々としてほしかったぜ。出会いは金で買った。妻はモデルというより風俗嬢。それでいいではないか。というか、そのほうがドンファンらしいぜ。

下記本文で野崎氏を『スーパーサイヤ人2』に例えたが『フリーザ』に格下げじゃの。

と、そんなドンファンだが、こんなことも言っていたようじゃ。

紀州ドンファン』を上梓した後で全国から沢山のファンレターをいただいていますが、全員がオーバー40歳以上でありまして、中には70代の図々しい猛女もおります。

「こんな婆さんとオレ付き合うワケないだろ。どうせ財産目当てだろうから」

ここで妥協したら男が廃ります。

つまり、ドンファンにとって女は若けりゃそれでよかったようじゃ。若くない財産目当てのBBAは許せないが、20代なら許せたようじゃ。

ま、愛は金では買えないが、財産目当ての若い女は買える。

愛を得るのは難しい。あまりに難しいので、金で好みの女を買ったり、あるいは恋愛工学生のようにナンパで女を狩ったりして、己の心と欲を癒すのもありだと思う。ブスやBBAを見下して、愛されないコンプレックスを慰めてもいい。

ただ、幻想と現実をわきまえないと痛い目に遭う。

そう、ドンファンはこの『55歳下のモデルというよりAV女優Sさん』と結婚する時、周りが反対したにも関わらず「どうせ嫉妬をしているのでしょう」「破談を願っている99%の方々には申し訳ありませんが、少なくとも私が幸福になる自信があります」とインタビューに答えていたようで――うう、夢を見過ぎてしまったの、ドンファン……。

そこでふと、家庭に恵まれている(ように見える)イケダハヤト氏を思い出した。奥さんとは学生時代に知り合い、同じ大学=同じ学歴で、歳もおそらく同じかかなり近いだろう。いわば同格婚。イケハヤさんが会社を辞める時も賛成してくれて、今では限界集落で暮らす、お料理上手の女性。ちょっとそこいらで見つかるような女性ではない。

そんなスーパーな女性に愛されている(だろう)イケハヤ氏。やっぱ幸せそうだよなあ。子も3人いるんだとか。

ただイケハヤ氏が何か『恋愛テクニック』を使って奥さんを落としたということはないだろう。縁があって出会い、たまたま価値観が合い、奥さんとの関係を育んだからこそだと思う。恋愛テクニック・マニュアルは役に立たない気がする。

愛を手に入れたイケハヤ氏、それだけで勝ち組って感じ。

けど、恋愛工学生もがんばってほしい。愛は手に入らず、おそらく結婚にも向かず、子を遺すことも難しいだろうけれど、幸せな生きざまを見せてほしい。ドンファンだって最期はあれだったが、それまではいろんな美女とヤリ放題で、きっと満足な人生だったはず、たぶん。

ま、普通の一般女子には『チンチンをこじらせた男』は荷が重い。不幸の道へまっしぐら。関わらないが吉じゃ。

本文。

55歳年下の22歳の若きモデル美女と結婚し、たった3カ月(同居生活は1か月半だとか)で大量の覚醒剤を摂取して怪死(殺された可能性が高い?)した「平成のドンファン」と呼ばれる和歌山の実業家・野崎幸助氏の華麗なる?女性遍歴が話題になっている。

↑当時75歳だった野崎氏のインタビュー記事によると――美女4000人に30億円つぎ込み、75歳当時でも定期的に会う女は4~5人いて1日3回セックスしていたという。1回のセックス料金は40万~50万円。

このことを知ったワシは、「セックスこそが人生だ」「求めるのは20代美女だけ」とナンパも行っていた野崎氏に、恋愛工学生の姿を重ねずにはいられなかった。

野崎幸助氏は75歳になってもスーパーナンパ・エロ爺さんとして活躍していたのじゃ。
で、55歳年下の若い美女と結婚した直後に怪死したことで、それはもう伝説として語り継がれることじゃろう。

これこそ、まさに恋愛工学生が目指す未来の姿。
スーパーATMとなれば、爺さんになっても20代美女をゲットできることを、平成のドンファンは教えてくれた。

もちろん、黄金に輝くスーパーATMとなって「カネカネ波~」を美女に撃てるようになるには、それはそれは厳しい修行・努力が必要じゃろう。
時には、カネ仙人のじっちゃんにアドバイスもらったりしながら。皆から「カネロット、お前がNO1だ」と認められるまで、とにかくがんばるしかない。

そのうち「オラにカネをわけてくれ~」と世間に訴えれば、地球の皆も投資してくれ、大きなカネの玉……いや、カネの山を築くことができるじゃろう。

そうなれば、若い美女たちを選り取り見取り。エッチし放題。

ただスーパーATMになっても、愛されるのは難しい。

平成のドンファン・野崎氏も、愛は得られず、子も得られず、エッチのみの人生を歩んできたようじゃ。
それでも……思うがままにたくさんの若い美女とのセックス三昧で生きてこれたのだから幸せだったと思う。

けれど、やっぱり結婚はやめておいたほうがよかったかも?
(結婚が今回一連の不幸を引き寄せた気がする)

そういえば、野崎氏と同じく資産家であろう恋愛工学の師・藤沢数希氏も「高収入の人にとって結婚はリスク」「事実婚のほうがいい」と言っていたっけ。

損する結婚 儲かる離婚 (新潮新書)

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ま、庶民の間でも『ダンナ・デスノート』があるくらいだからの~。
結婚したから愛が育まれるわけでもない。それどころか憎悪が育つ場合もある。

昔のフランスでは、結婚というものは金持ち同士が資産を守るために行われていたのだとか。
金持ちと貧乏人が結婚という契約を交わすことはない。必ず同等の資産持ちと同格婚をするという。
結婚はお互いの資産を守るためにするもので、外で恋愛を楽しんでいたようだ。

今はパパ活する若い女子もいるから、カネさえあれば簡単に若い女をモノにできる。
いつまでも恋愛(新しい女とのエッチ)を楽しみたい人は結婚せず、カネを稼ぐことに集中し、ドンファンのように生きようぜ。

というわけで――伝説のスーパーナンパ爺さん・ドンファンの生きざまを絡ませ、再び恋愛工学について語ってみる。(好きよの~)

※恋愛工学界隈やイケハヤ界隈の、女性及び会社員や労働者に対する見下しは気持ちいいものではないが、自分たちが上位である=他者を見下すくらいに尖っていないと目立たず、世間一般が良しとする価値観に穴を開けられないのかもな、と思って注目しているのじゃ。

目次じゃ!

 

恋愛(エッチ)に『愛』は必要ない

恋愛(交際)ってお金と時間の余裕のある人のモノって感じがする今日この頃。

もちろん、ドンファンクラスの金持ちであれば、時間をかけず、手順を踏まず、金の力のみで手っ取り早く『恋愛という名のエッチ』ができるだろうけれど。

余裕がない人は、交際=時間のかかる手順を楽しめないよね。
ついついコスパを考えてしまう。

特に男性陣は複雑な手順を踏みながらの交際を楽しむよりも、いかにして効率よく、できるだけ手順を省いてエッチまで進めるかに重きを置いているよう。

だから『多くの女と手っ取り早くエッチできる方法』として恋愛工学が一部男性らにもてはやされるのじゃな。

まあ、男性は仕事で忙しいことが多いし、おごることが多ければお金も飛んでいってしまうからなあ。コスパを気にするのは当然のこと。

それに較べ、女の子は男性ほどはコスパを気にしてない?
で、その手順・過程こそを楽しみたいのだろう。
仕事より恋愛に重きを置いている女子も多そうだ。

男性のほうはエッチするまで、長々と面倒くさい手順なんて踏みたくないのが本音かも。
で、エッチがゴールとなる。

ただ、エッチがゴールだと、その後は覚めるよね。
その女と交際し続けるよりも、ほかの女を落とすゲームをしたくなる。

けど手順が複雑で長くかかりそうだと面倒なので、その場合は切って、また新しい女を探す。
それの繰り返しをしているのがナンパ師および恋愛工学生なのだろう。
(ちなみに、ナンパ師は感覚で、恋愛工学生は理論で、このエッチゲームに挑んでいるように見えるよなあ)

『愛がなさすぎる』と思ったそこのあなた、うむ『恋愛工学』とはこういう思想を持っているようじゃ。

そこで、まず恋愛工学生の嘆きと恋愛工学のことがよくが分かる漫画『ぼくは愛を証明しようと思う』――略して『ぼく愛』を紹介。

ということで―― まず、恋愛工学によってモテモテになった主人公・わたなべ君のモノローグをまとめよう。

【なぜ恋愛をゲームとして考える僕を愛してくれるようになったんだろう。かんたんなルーティンで引っかかり、僕に惹かれる女を見るたびに、僕は悩み葛藤した】

【昔の(彼女に一途で尽くす)僕の方が利用価値が高かったはず。なのにどうして彼女たちは昔の僕を愛してくれなかったんだろう?】

【女は愛も誠実さも求めてはいない。単にほかの女とセックスできている男が好きなのだ。(=モテる男が好きなのだ)】

【自然界の掟=モテる男はよりモテる、動物界の残酷なシステム】

【そういうふうにできている世界で愛がどうのこうのと言うのが間違い】

【女と恋愛するのに愛など必要ないのだ】

とまあ、こういった言葉に、恋愛工学生たちが大いに頷いている様子。
そう、女への愛などなくていいのだ。むしろ邪魔。

そーいやあ、数十人の愛人を持っていたオタキングこと岡田斗司夫氏も「女を愛することはない」というようなことを言っていたっけ。

女とエッチするのに、別に愛は必要ない。
たしかに、恋愛工学生や岡田斗司夫氏に限らず、そういう男性はけっこういるだろうな。だからレイプ・輪姦も起こるし、大学にヤリサ―があったりする。

『夢をかなえるゾウ』で素敵な人生論を説く作家・水野敬也氏も『LOVE理論』では「ブスなら緊張しなくて済む」「童貞はエッチするならまずブスを練習台に使え」と言っていたっけ。
もはや女は肉便器扱い。愛がないどころか侮蔑・見下ししかない。

そんな「恋愛するのに愛は必要ない」に沸く恋愛工学生らに対する外野の反応は――
「恋愛工学生ってチンチンこじらせているよね」

恋愛戦士たちの戦いを見守っているヤムチャなハヤシもこれには思わず爆笑してしまったぞ。
そんじょそこいらのギャグには吹かないワシをここまで笑わせるとは。恐るべし、恋愛工学!

「こじらせ女子」という言葉があったけど、「こじらせチンチン」かあ。なるほどな。
ま、それまでも恋愛工学生に対し「非モテをこじらせている」という揶揄はあったが……。

そんな恋愛工学生たちも過去、恋愛で傷ついてきたようで、女たちからいいように搾取されてきたらしい……
でもそれは、運悪く男をATM扱いする女に当たってしまったんじゃないのか、とも思う。

だって、ワシの周りで、気のない男性におごってもらったり、プレゼントもらう人っていないぜ。ちゃんとお断りする。
「それが良識だから」というよりも、トラブルのもとになるからだ。

もち、女性の中にはATM扱いする人や、おごってもらって当たり前という人もいるんだろうけど、たぶんそういう女性は美にお金と時間をかけまくり、女子力を磨きに磨き、女として美しくあろうと努力もしているのだろう。
「こんなにいい女である私がつきあってあげるんだから、ご褒美もらうのは当然」という考えなんだろうな。(はあちゅうさんもそういった考えのようだ)

で、そういった女性はきっと甘え上手なのだろう。自分は女として価値が高いと自信があるので甘えることができる。
男性をATM扱いする女性はごく一部だと思うが、男性もそういった華やかで甘え上手の女性のほうに惹かれるのだろう。

ただ、それでも恋愛工学が示すルーティンにひっかからない女性がほとんどだと思う。
そもそも、ナンパされて知らない男になんてついていかない。

それなのに恋愛工学生およびナンパ師は『複雑な手順を必要とする面倒な女性』は最初から切っているわけで――
つまり『知らない男についてくる、簡単なルーティンにひっかかる女だけ』を相手にしているということだ。

もちろん、ひっかかる女の側にも『男へ愛情』は……ない。

その女性も性欲を満たしたかっただけ、ちょっと寂しかったのでつきあってしまった、男から声をかけられて女心をくすぐられてしまった、女としての承認欲求を満たしかったのかもしれない。

恋愛工学生含めナンパ界隈の男も、誠実な女など求めていないのだ。

男をATM扱いしない(金に困っていない)真面目な女性はナンパにはついていかないし、そう簡単にエッチには応じない。
どんなに金を積まれようが、ドンファンのような55歳年上のお爺さんにも股を開くことはない。

そもそも女は本能的に簡単にエッチに臨むようにできていないと思う。よく知らない男とエッチできる女性は特殊だ。

 

ということで、この「ぼくは愛を証明しようと思う」の漫画(または小説)に出てくるような女性はごく一部だし、恋愛工学が示すルーティンでは、コミュニケーションの間が持たないので、交際は長続きせず、そのうち面倒になって、ほかの女を探し、エッチする、その繰り返しになるだろう。

男性をATM扱いする女に対し、男性は女性を肉便器扱いする。ま、それはそれでお似合いのカップルかもしれない。

岡田斗司夫氏や平成ドンファン・野崎幸助氏はちゃんと報酬を示して取引を持ちかけたわけで、女性も十分に納得の上で体を差し出したはず。ギブ&テイクの公平な関係じゃ。

恋愛工学はあくまでも多くの女とエッチを楽しむゲーム。
「恋愛に愛は必要ない」というよりも「エッチするのに愛は必要ない」「ゲームに愛は必要ない」である。
育むという視点がまるでなく、コスパよくエッチすることをゴールとしているから、愛がないのは当然。

 

ま、恋愛はともかく、結婚はやめておいたほうがいいかも。
愛のない恋愛(つうかエッチ)ならまだしも、愛のない結婚はけっこうキツそう。

愛のない結婚生活では奥さんも気の毒。
離婚も簡単ではなく、結果、コンピ地獄へまっしぐら、かも。

※それどころか野崎幸助氏は命をとられてしまった。いや、誰が殺したのかは分からないけど。

こうなったら、もうチンチンをこじらせたまま、突っ走るしかない。
愛がなくても、数多くの女の子とエッチして欲を満たしながら、『平成ドンファン』のように生きるのもありだと思う。

世間はきっと「そんなんじゃ幸せになれない」「まず、そのこじらせてしまったチンチンを治せ」と非難するじゃろうが、そんなの蹴散らしてしまえ。どう生きようと自由。別に誰かに迷惑かけているわけじゃないし。

この息苦しい世の中に新しい風を送り込んでほしい。世間が押し付けてくる『正しい生き方』に風穴を開けてくれることを期待しているぞ。

あ、そうそう「こじらせてしまったチンチンを治すことはない、そのまま、突っ走れ~」とは言ったが、万が一、本当にチンチンが病気になったら、それはちゃんと治そう。性病はこじらせてはいかんぞ。

※それと、子どもが欲しいからといって、女の子の同意を得ず妊娠させようとするのはいかんぜよ。レイプと変わらない。ヤムチャ・ハヤシもそこは反対するぞ。

※恋愛工学について、この記事↓も参考になるぞ。

ナンパ塾(RNA)の講師 VS 恋愛工学生

リアルナンパアカデミーという恋愛塾があるらしく、恋愛工学生と過去にこんな対決があったようじゃの。

ナンパ師vs恋愛工学生 前触編

ナンパ師vs恋愛工学生 対決編

恋愛工学生に戦いを仕掛けたナンパ塾講師は「最強のナンパ塾・リアルナンパアカデミー」を主催している。

 ただ、このサイト、女の子とエッチしている写真をいろいろ載せているようで、けっこうえぐい。
女の子たちに了解とって、こういった写真をアップしているのか?

ま、でも女の子もこういったリスク分かっていて誘いに乗るんだろう。
こういったことをされたくなければ誘いにのらなければいいだけの話。
ナンパに乗るか乗らないか、参戦するか逃げるかは自由。

ちなみにこのナンパ塾も、恋愛工学と同じく、女をルックスで評価し、数字などでランク付けするのは一緒なのだが→ルックスランク
ここの40代のナンパ講師、恋愛工学生をよく思っていないようで、こんな記事を書いていた。

恋愛工学生がなぜ非モテの中二病なのか

ふと思う。
オタキング岡田斗司夫氏が「女は犬」「女を愛することはない。所有欲と責任感しかない」「男同士、男の生きざまに惚れ、リスペクトすることはあるが、女をリスペクトすることはない」と言っていたらしいが、そう考える男性は少なくないのかもしれないな。
こういう男にとって、女はヤれるヤれないか、それだけの存在だ。

女子よ。女をモノ扱いする男とは一夜限りの遊びならいいけど、まともにつきあうのは危険じゃ。
最初から無視したほうが安全だが、どうしてもというのならば、ギブ&テイクでビジネスライクに取引上のつきあいをし、取引が済んだら離れよう。

それ以上は関わらないほうが不幸にならずに済む。
人生のパートナーになんぞとんでもない。

ただ、おそらく世間の評価は、ナンパ師>オタク・童貞・非モテ
えげつないことをするナンパ師の方が、無害な男性たちよりも上なのだろうな。
差別を許さない正義の上野千鶴子も「恋愛弱者(非モテ)とオタクは滅びていってほしい」と言っているくらいだ。

おっと、話を元に戻そう。

えげつないかどうか、結局は主観の問題。
ナンパは彼らにとっては単なる狩り・ゲーム。法を犯しているわけではない。

ただし場合によっては触法行為になることも→ナンパに関する法律

そういえば先日、リアルナンパアカデミーの塾生が女性に酒を飲ませ、合意を取らずに性行為に及んだとかで、警察沙汰になったニュースもあった。もちろんRNA側は合意の上とのことだが。

それにしても――
ナンパ塾の指導者ならば、恋愛工学生との対決ではなく、同じく指導的立場にある藤沢数希氏との対決を見てみたいものよの。

師と師の対決。
まさにスーパー対決。

おお、漫画なら一番の盛り上がりシーンじゃ。
実現すれば、この戦いはナンパ師の間で伝説として語り継がれることになるじゃろう。

いや、何を持って勝ち負けを決めるのかは分からないが~
モノにした女性の数、それともモノにした女性の質で決まるのか?

ま、フォロワーの数は断然、藤沢氏のほうが勝っている。
んで、収入も。社会への影響力も。

ホリエモンやほか著名人とも顔見知りの藤沢氏は、おそらく人脈も広く、モデルなど世間でいうランク最上位の選びに選ばれた美しい女性たちと知り合う機会も多いだろう。
藤沢氏の『ぼくは愛を証明しようと思う』はドラマ化もされ、女優さんたちともつながりができたことじゃろう。

なので、師と師の対決はすでに勝負あったな、という印象ではあるが。

そう、藤沢氏がスーパーサイヤ人であれば、ナンパ塾講師・RNA代表はフリーザ
S級芸能人美女たちがスーパーサイヤ人であれば、道行くそこいらのちょっとした美女はフリーザ

いや、フリーザも決して悪くはない。そこそこ強い。しかし、やっぱスーパーサイヤ人には敵わない。

そして平成のドンファンこと野崎幸助氏は『スーパーサイヤ人2』というところか。

そう、この「最強だ」と謳っている40代ナンパ塾指導者も、この先もずっとナンパを続け、野崎氏のようなナンパ・エロ爺さんを目指してほしいよな。
いや、どうせなら80代になってもナンパ師を続け、野崎氏を越えてほしい。その時にやっと『スーパーサイヤ人3』となり、80代最強スーパーナンパ師として各メディアからも「お爺さん、その元気の秘訣を教えてください」と取材され、健康番組にも引っ張りだこ、それはやがて伝説として人々に語り継がれることになるじゃろう。

恋愛☆承認欲求と劣等感の狭間

結局、恋愛って『承認欲求』なのかもしれない。愛へ進化・昇華させるのは難しい。

世間も非モテや童貞をバカにするし、だからとりあえず『モテたい・エッチしたい』となるのは当然のこと。
童貞を脱し、女とエッチできるモテ男として承認を得て、そこで、やっと劣等感を癒すことができる。

非モテや童貞を哂う世間を批判せずに、「女をバカにしている」として恋愛工学を批判する連中にどうしても偽善を感じてしまう。そして、恋愛工学を批判する連中こそ『非モテ・童貞』をバカにしている気がするんだが。

そこで美術家・柴田氏の言葉を紹介しておこう。
https://twitter.com/erishibata/status/887539577514217473より転載。

男性にとっても女性にとっても、「承認欲求」の問題ってとても重要だと思うのです。「承認欲求」は「承認欲求」として消化・昇華する必要があり、「承認欲求」が「社会正義」や「支配欲求」に偽装されることの方がずっと問題であると思うのです。

人間は承認欲求を全く持たず生きることは出来ないと思うので、承認欲求と適切に付き合う方法を学ぶ必要があると思うのです。「承認欲求は悪いこと、持つべきではない」と否定し抑圧することの方が問題です。

 

承認欲求は集団=社会の中で生きていかなくてはならない人間の本能に仕組まれているらしい。

たしかに太古の時代から人間は集団=社会を構築できたからこそ、生き残ることができた。個人=一匹狼で生き残るのは無理。承認欲求が低く、他者に背を向けるような人は早くに淘汰されていただろう。

今の豊かな時代であれば、他者とさほど関わらなくても生きていけるが、本能に組み込まれている以上、人間は承認欲求から逃れられないのかもしれない。

そして他者から承認されないと、劣等感を募らせる生き物になってしまった。

うむ、承認欲求と劣等感とのつきあい方で人生が決まるのかもしれないな。

ひょっとしてドンファンも承認欲求と劣等感が強い人だった?
もちろん性欲もあったんだろうけれど――男として女から承認されたい、いい女を連れていることで世間から承認されたいという欲も強かったのでは。
で、その承認欲求の強さは劣等感の裏返しだったのかも?

金を稼ぐだけでは承認欲求は満たされることはなかったのか。

ただ、だからといって不幸だとも言えない。
自分の思うがまま自由に最後まで突っ走った平成のドンファン。濃い人生だったことだろう。

そして伝説へ。(おっと『ドラゴンクエスト3』を思い出すぜ)

 ※恋愛工学関連書籍

ぼくは愛を証明しようと思う。

ぼくは愛を証明しようと思う。

 
ぼくは愛を証明しようと思う。 (幻冬舎文庫)

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※コミックも全3巻

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