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ピアノとマンガの道を歩んできたハヤシのエッセイ・イラスト・物語集

完全ネタバレ『神の棘』VS『また桜の国で』VS『革命前夜』☆須賀しのぶ祭り

目次じゃ!

 

須賀しのぶ氏の小説『神の棘』『また桜の国で』『革命前夜』について感想を述べ。完全ネタバレとなるので、ご注意を。見たくない人はここまでじゃ。

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『また桜の国で』VS『神の棘』

辛口感想『また桜の国で』

須賀しのぶと言えば、高校生直木賞に選ばれた『また桜の国で』がある。 

また、桜の国で

また、桜の国で

 

※内容【ショパンの名曲『革命のエチュード』が、日本とポーランドを繋ぐ。それは、遠き国の友との約束。第二次世界大戦勃発。ナチス・ドイツに蹂躙される欧州で〈真実〉を見た日本人外交書記生はいかなる〈道〉を選ぶのか】

 

『また桜の国で』は世界史の勉強にもなり、興味深く読めた。

が、テーマとなる『友情』については……う~ん、うす味だったかな。
『友情』については主人公含め3人の男性が軸となるが、人間ドラマとしては散漫な感じ。関わり合う場面が少なく、ほかの登場人物が多すぎるからだ。

で、この3人の男性や周囲のレジスタンスの仲間たちは皆、そろいもそろって『死を恐れない』のである。

思わず、犬村小六氏の『とある飛空士への夜想曲』を思い出してしまった。
※『~夜想曲』も主人公含め仲間たち全員、特攻=死を恐れない。

そう、『桜の国で』に登場する人たちは皆、実に勇敢。
けど、その分、感情移入できない。皆、立派過ぎるのだ。

最後、主人公は死ぬようなのだが(死の場面は出てこないが、後日談として『死んだ』と分かる)……「ああ、死んじゃったのかあ」と淡々と思っただけで、あまり印象に残らなかった。

※おまけに主人公と関わりを持つ主要な位置にいた女性キャラも途中であっけなく死ぬ。あまりのあっけなさに「ええ、こんな簡単に死なせていいのか?」と首をひねってしまった。海外ドラマ『24』を思ったぜ。

『~夜想曲』では主人公の死はショックだった。なのに『また桜の国で』はさほどショックではなかった。この差は何なのだろう……。

とにかく主人公がうすく感じた。日本人とロシア人との混血であるため、アイディンティティに悩むが、いまいちその葛藤も伝わってこず、感情移入まではいかなかった。それどころか「日本人離れしているイケメンで、いいじゃん」とさえ思ってしまった。

※今現在の日本の高校生にとってブサメンである悩みのほうがずっと感情移入できるだろう。

その上、たくさん登場人物が出てくるので、それぞれ主人公との関わり方もうすくならざるを得ないため、ドラマ性を感じづらい。

あと『ドイツを悪、ポーランドを善』に描かれていることも気になる。

※『ポーランド側の闇』はさほど描かれていない。これについてはこちらの記事にて↓

と、なんだか『また桜の国で』をけなしているように思われるだろうが、いやいや、これより上のレベルの同じ著者による同じ時代を描いた『神の棘』があるから、つい辛口になってしまうのだ。

そう、高校生にお薦めするとしたら『また桜の国で』もいいけど、『神の棘』もぜひ読んでほしい。

辛口感想『神の棘』

神の棘I (新潮文庫)

神の棘I (新潮文庫)

 
神の棘II (新潮文庫)

神の棘II (新潮文庫)

 

※上巻内容【家族を悲劇的に失い、神に身を捧げる修道士となったマティアス。怜悧な頭脳を活かすため、親衛隊に入隊したアルベルト。旧友が再会したその日、二つの真の運命が目を覚ます。独裁者が招いた戦乱。ユダヤ人に襲いかかる魔手。信仰、懐疑、友愛、裏切り。ナチス政権下ドイツを舞台に、様々な男女によって織りなされる歴史オデッセイ】

※下巻内容【ユダヤ人大量殺害という任務を与えられ、北の大地で生涯消せぬ汚名を背負ったアルベルト。救済を求めながら死にゆく兵の前で、ただ立ち尽くしていたマティアス。激戦が続くイタリアで、彼らは道行きを共にすることに。聖都ヴァチカンにて二人を待ち受ける“奇跡”とは。廃墟と化した祖国に響きわたるのは、死者たちの昏き詠唱か、明日への希望を込めた聖歌か】

 

『神の棘』は、ナチス・ドイツのことが詳細に描かれる。が、ドイツだけを悪とせず、ナチスに弾圧された教会側、人権を大切にし良識の国に見えるバチカン、正義を謳う連合国側の罪もきちんと描かれ、歴史ものとしても優れた作品だ。

ちなみに著者の須賀しのぶ氏の経歴は――ライトノベル少女小説からデビュー。高校生の時からすでに世界史オタクであり、上智大学文学部史学科に進学、ここでも徹底的に世界史を勉強されていたようで、卒論のテーマは『ナチスの親衛隊、武装SS』というドイツの歴史に詳しい作家さんである。

ただ、『桜の国で』と同様に『神の棘』も登場人物が多いので、友情がテーマにしては主人公二人・アルベルトとマティアスの関わり合う場面が少ない。

が、こちらは主人公の闇の部分も描かれているし、ドラマ性もあり、最後の場面ではしっかりと二人の友情が伝わる。

処刑されることになったナチスの士官だったアルベルトと神父となったマティアスの、静謐なラストシーン。何とも言えない余韻を残してくれる物語だ。

『桜の国で』の主人公の死よりは、ずっと心を抉られる。

とはいえ、『神の棘』は上下巻あり、ちょっと長過ぎる。
よほど小説を読むことに慣れていないと、高校生が読むにはキツイかも?

実は、ワシもキツかった。
ただ、歴史の勉強になると思い、少しずつ読み進めた。

登場人物の多さにも辟易しつつも、あの時代の歴史には興味あったので、なんとか最後までたどりついたという感じだ。

『神の棘』は、かなり最後のほうにならないと、その『面白さ』は伝わらない。いちおう『どんでん返し』もある。

しかし、その『どんでん返し』の内容は――無理があるというか、読者へのだまし討ちという感じだ。

以下、物語を知っている人にしか分からないだろう内容を述べる。

ナチス側の士官・アルベルト。そのアルベルトの妻イルゼが『実はユダヤ人の血が入っていた』として、妻イルゼを守るためにアルベルトはヒトラーに忠誠を誓い、出世街道を驀進する。イルゼを亡命させたあとはもう後戻りできず、戦争に巻き込まれ、そのまま悪に手を染めていく、ということになっているのだが――

単行本上巻中盤、アルベルトの視点(あるいは神の視点)で『イルゼは、まったくごく普通のドイツ人だ』『(イルゼは)ユダヤという民族全体に対しては本能的に嫌悪感を抱いてはいるけれど、個人としては同情もし、友人つきあいも行う』との地文がある。

しかし物語の種明かしとなる終わりのほうで、アルベルトは『妻イルゼにユダヤ人の血が入っていること』を『結婚する時にはすでに知っていた』と説明される。

う~ん、やっぱり、読者へのだまし討ちのようにも思ってしまうよなあ。

物語前半での『イルゼは普通のドイツ人云々』という説明は入れるべきではなかっただろう。ただ、あまりに長い話なので、最後にたどり着くまでには前半部分の細かい内容は忘れてしまい、気にならないかもしれないが。

つくづく『どんでん返し』って無理して入れるものではないなと考えさせられる。

修道士(後に神父)マティアス側の人物である司祭フェルシャーの告解だけでも充分『どんでん返し』になったと思う。

――とまあ、気になる箇所もあるけれど、この『神の棘』は最後までたどりつけば、味わい深い作品だ。

ナチス・ドイツのみを悪としていないところがいい。そして、なぜヒトラーが政権を握ることになったのか、ドイツにはドイツなりの事情もあったわけで、いろいろと考えさせられる。

『神の棘』では――ナチスの基盤(軍隊の基盤でもある)は『指導者原理』(上位にいる者は絶対的存在であり、下位の者は上位の者の命令に従う)にあるが、その原型は教会にあるとし、『ナチスカトリック教会も同じ原理に基づく』といったところにも言及している。

また、バチカン側がヒトラー側とかけひきを行い、時にはヒトラーにすり寄り、ヒトラーの悪を知りながらもヒトラーを持ち上げたり、ユダヤ人への迫害を黙認したり、ドイツ敗戦後、ナチを海外に逃がす手伝いもしていたりと、バチカン側の罪も描かれている。

『神の棘』単行本と文庫本の違い

そうそう、この『神の棘』――単行本と文庫本で内容が違うところがあるので要注意じゃ。(作者・須賀しのぶ氏は大幅な改稿を行ったようだ)
もちろん、おおまかなあらすじは変わらないけれど、上巻の前半と、アルベルトの過去設定が違う。

上巻の前半においては――単行本はアルベルト視点で話が進むが、文庫本はマティアス視点で進む。よって紡がれる物語の場面がまるで異なる。

『アルベルト視点で始まる単行本』のほうが、順を追って物語上の主要人物らと関わっていくので、それら登場人物と物語の筋が頭に入りやすい。

ところが、文庫本のほうは、アルベルトの正体を隠したまま、もう一人の主人公マティアス視点で語られていく。
そのため多すぎる登場人物が頭に入ってこず、ちょっとわかりにくい。

また、アルベルトの家族設定については、単行本では『両親とも生きており疎遠になっているだけ』だが、文庫本では『母親が自殺した』ことになっており、より過酷な過去を背負っているという話に変わっている。

よって、話の分かりやすさから見れば、単行本がおすすめ。

しかし、大幅に改稿された文庫本は、情景描写やセリフが練られており、単行本よりも味わい深く、余韻を残してくれる。
マティアスとアルベルト、二人の過去の話も、文庫本のほうが詳しく語られている。

が、そのために文庫本は単行本よりも文字数が増え、さらに長くなっている。

単行本と文庫本、どちらがいいか……高校生になら、やはり読みやすい・わかりやすい単行本のほうをおすすめするが、文庫本も捨てがたい。

ま、小説を読み慣れている人なら、図書館で借りて、両方、読んでみたらいい。単行本と文庫本の読み較べをするのもおもしろいかも。

そして、単行本と文庫本では、表紙の装画の雰囲気も相当、違う……。

文庫本はスタイリッシュでカッコいい。柳広司氏の『ジョーカー・ゲーム』の表紙イラストでも有名な森美夏氏のデザインだ。
※表紙に限っては、高校生ならこちらの文庫本が好みだろう。

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が、物語の内容には、古典的雰囲気がある単行本の表紙のほうが合っている気もする。

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……というか、単行本のアルベルト(女性的で線の細い金髪のほうね)と、文庫本の男性的でちょっち怖いアルベルト、全然違うやん……。真逆と言っていいこの雰囲気の違いは何なのだっ。

ちなみに文庫本の男性的アルベルトのほうがワシの好みではあるが……。

 ※なお、現在の単行本の表紙は風景画(オリベスクと聖堂)であり、人物画ではない。

神の棘 1 (ハヤカワ・ミステリワールド)

神の棘 1 (ハヤカワ・ミステリワールド)

 
神の棘 2 (ハヤカワ・ミステリワールド)

神の棘 2 (ハヤカワ・ミステリワールド)

 

『神の棘』VS『革命前夜』

おすすめ『革命前夜』

須賀しのぶ氏のもう一つの傑作は『革命前夜』だ。

革命前夜

革命前夜

 

※内容【バブル絶頂期の日本を離れ、東ドイツに渡った一人の日本人留学生。住民が互いに監視しあう灰色の町で彼が出会ったのは、暗さのなかから生まれる、焔のような音楽だった。冷戦下のドイツを舞台に、日本人音楽家の成長を描く歴史エンターテイメント】

 

ベルリンの壁が崩壊するまでの東ドイツを描いた作品。こちらは誰も死なないし、どんでん返しに継ぐどんでん返しもあり、楽しめる。

うん、高校生なら、まず『革命前夜』から入るのがいいかも。そう長くもないし、登場人物もさほど多くなく、ストーリーが無理なく頭に入ってくる。

じゃあ、なぜ『神の棘』を推すのかって?

心をゆさぶられるという点では『神の棘』がダントツ。考えさせられるし、歴史の勉強になるということでも『神の棘』が上。

『革命前夜』は上質なエンタメだが、『神の棘』はとにかく深いのだ。

須賀しのぶ作品・勝手にランキング

『また桜の国で』『神の棘』『革命前夜』

☆全体 『神の棘』>『革命前夜』>『また桜の国で』

☆読みやすさ 『革命前夜』>『また桜の国で』>『神の棘』

☆ドラマ性 『神の棘』>『革命前夜』>『また桜の国で』

☆エンタメ性 『革命前夜』>『神の棘』=『また桜の国で』

☆重厚性 『神の棘』>『また桜の国で』>『革命前夜』

 

ただし、3作品とも主要男性キャラはけっこうタイプが似たり寄ったり。怜悧な皮肉屋系に良識ある真面目系(ごくたまに熱血漢になる)の組み合わせとなる。ちなみに女性キャラはあまり印象に残らない。男の友情がテーマだとそうなってしまうよな。

須賀しのぶ氏、きっと頭が切れる怜悧な男性キャラ(吉田秋生の漫画『バナナフィッシュ』のアッシュみたいな美しい男)が好きなのだな。んで、つい女性キャラより男性キャラを描くほうに力が入ってしまう……分かる、分かるぞ~。

ナチスヒトラー思考

心にヒトラーを飼っている人たち

『神の棘』ではユダヤ人や障害者を害虫扱いし、子をなさないように=再生産しないようにと避妊手術をさせたり、社会の邪魔ものとして殺害していく場面があるが――

そこでつい、オタクを人間ではないと言い放ち害虫扱いしたアニメ監督の山本寛氏、オタクが再生産されないことを願う反差別を訴える人権派上野千鶴子氏のことを思い出しちまったぜ。

彼らも心にナチスヒトラーを飼っているのだということで、そのことについて書いた記事も紹介しておこう。

そう、ヒトラーのような思考を持つ人はけっこういるのかもしれない。

うむ、オタク遺伝子が満載であろうワシもアルベルトになりきり、ナチス式敬礼でもって高らかに叫ぼうぞ。

ハイル・山本寛監督!

ハイル・上野千鶴子教授!

いやあ、害虫の一人として、ガス室に送られたり、銃殺されないだけありがたいです。

ちなみに一酸化炭素中毒は苦しくなく死ねるのだとか? 早くこの世から去れることを願ってくださいませ。山本寛監督および上野千鶴子教授へ、害虫の一人としておわびします。

生きていてごめんなさい。

もちろん、彼らはオタクを嫌悪するだけで、ヒトラーのように殺さない。で、嫌悪するのは自由だ。ただ『オタクは害をおよぼす人種だ』という差別空気を作っていく人たちであり、正義面して『人権・反差別』を訴える資格はなくなるということだ。

※ほか、ナチス関連記事↓

※『とある飛空士への夜想曲』関連記事↓

 

ショパンエチュード『革命』については、昔、録音をアップしたHPがあるので、ご興味ある方はこちら『ハヤシの練習室』へどうぞ。