これも何かの縁

ピアノとマンガの道を歩んできたハヤシのエッセイ・イラスト・物語集

ブサメン差別で炎上したロハスCMと、女性の容姿を哂う『LOVE理論』

今週のお題「読書の秋」

LOVE理論

LOVE理論

 

 『夢をかなえるゾウ』で有名な作家・水野敬也氏の著書『LOVE理論』――これは、男たちによる恋愛=エッチ指南書である。

面白く読める部分もあるが、えげつなく感じた箇所があったので、それについて語ってみよう。

目次

 

 女性の容姿を哂うえげつない内容

そのえげつない指南の内容を要約すると――以下の通りになる。

「まず、好きな女性を狙うのではなく、ブスでもいいから、数をこなし、一人の女性に集中することなく、分散させ、複数と付き合うようにし、経験を積み、それから上玉を狙え」

どうでもいい相手=ブスだと、緊張しなくてもいいし、練習台としてはうってつけだ。
本命は緊張してしまうから、まずは「どうでもいいブス」で慣れておけ、ということらしい。

そして「女は好きな男とセックスするのではない。セックスした男を好きになる」とも書かれている。

もちろん、嫌がる女性を無理やりにする=レイプはダメだ、と注意書きはあるものの――
一部の男性は「狙った相手に好きになってもらう必要はない。とにかくエッチに持ち込もう」と考えるようになるかもしれない?

※まあ、そういう男性陣にこのツイートを紹介しておこう↓

 

また水野氏は、この著書の中で、己の初体験のことを語っている。
※フィクションかもしれないが、著書の中では『実話』の体裁をとっている。

その体験とは――
水野氏が最初にエッチした女性はブサイクで、「巨峰のようなどでかい乳輪を持った女」で、とにかく気持ち悪かったらしい。
それでも試練だと思って、エッチに及んだらしい。で、その行為が終わってから泣きたくなったという。

そして水野氏はこう説く。
「ブサイクだろうが、なんだろうが、とにかくセックスせよ」と。そして「(練習台となるどうでもいい女に童貞を捧げ)絶望せよ」と。

そこに相手への好意は全くない。
いや、その相手を人間としても見てない。その女性は、本当にただの肉便器扱いされている。

水野氏は自嘲し、己を卑下しているような体裁をとっているが、女性侮蔑も甚だしい。

話を作っているかもしれないが、もし実話だとしたら――
ネタにされてしまった女性がこのことを知ったら、相当傷つくだろう。

女性の容姿(体のこと)を詳細に描いて「気持ち悪かった」と哂っているのだ。
水野氏は笑わせようとして、このようなことを書いたのだろうが、かなり嫌な気分になった。
あの『夢をかなえるゾウ』を書いた人とは思えない。

そんな恋愛指南をする水野氏には『水野氏を師と仰ぐ門下生』がいるようだ。
相談事やネタをやりとりしているらしいが……そこまでして恋愛……というよりも単なるエッチがしたいのか???

そう、これは恋愛ではなく、いかにしてエッチに持ち込むかというセックス指南本だ。

これだけ醜い行為をしてでも、一部の肉食系男子はエッチに励みたい生き物らしい。

ま、何にせよ、女性はこういった男性に引っかからないよう、痛い目にあわないようにしたいものである。

「痛い目にあうのも勉強、経験だ」という人もいるが、人間、そんなに強くない。痛い目に合えば人間不信に陥るし、心が蝕まれる。心の回復は難しい。

女性を見下し、欲望のはけ口として、練習台として利用しようとする男性の中にはレイプまがいのことをする者も出てくるだろう。相手は、女性を人間扱いしないのだから、何をしてくるか分からない。

昨今の、大学生たちによる集団レイプ事件を思い出す。

とはいえ、女性がいつも被害者になるわけでもない。
女性の中にも「男を利用してやれ」と、ATM扱いする人もいる。そして、金づるとして利用した挙句にポイ捨て。
それによって傷つき、女性不信に陥る男性もいるだろう。

これはもう女性男性関係なく、己の欲のために『恋愛』を利用して搾取する者がいるということで、そういう人間とは極力、関わらないようしたいものである。

もちろん、そういった警戒をすればするほど、恋愛ごとから遠ざかることになるかもしれない。

それに対し「勇気を持って」「傷つくのを怖がらないで」と恋愛することをお勧めする人もいるだろうけれど……
そもそも不可抗力=『恋に落ちる』というのではなく、合コンなどをして相手を何とか見つけて交際にもっていく恋愛もどき行為って、人間の数多くある趣味の一つである。
趣味なのだから、してもしなくてもどちらでもいいし、いい歳をした童貞および素人童貞、処女がいるのは当然である。

だいたい『本物の恋愛をしている、あるいは、経験した者』ってどれくらいいるんだろう???
非モテや恋愛できない者を見下し、負け扱いするほどに、多くの人が『本物の恋愛』とやらをしているとは思えないのだけど。

「恋愛したほうがいいよ・恋愛できない者は負け」という呪いが、不幸を呼び込んでしまうこともある。
敵は、『恋愛しない者・できない者を見下し、非モテと呼び、童貞や処女を問題視し、負け組扱いする空気』を作り上げている世間かもしれない。

「ブスとエッチして女に慣れろ、どうでもいい女とエッチの数をこなせ」と醜い行為を推奨する『LOVE理論』も、そんな世間の空気が生んだ徒花かもしれない。


DJあおい氏の言葉を紹介しておこう。
http://djaoi.blog.jp/archives/68239321.html

恋人がいないことが恥なのですか?
いいえ、恋人がいなきゃ幸せにもなれないのが恥なのですよ。

 

水野敬也氏については、この記事でも話題にした。

交際することにおいての男女の温度差

せっかくなので、恋愛テーマにもう少し語ってみよう。

作家でもあり、『君の名は。』の映画製作にも関わった川村元気氏のインタビュー記事より。

男の人はハンティングには興味があるけれど、ハントした後に大事にして育むみたいなことに関しては温度が低いんですよ。

「恋愛小説が全然売れないと言われた。確かに誰も熱烈な恋愛をしていなかった」

そういえば、早稲田大学の『恋愛学』の教授も言っていたっけ。
「基本的に、男性はエッチするまでは努力するが、その後の責任は取りたくない生き物だ」と。

エッチまでは積極的だけど、その後のつきあいは面倒、エッチだけできればいい、という男性は意外と多いのかもしれない。

趣味や話が合うなど友だち的要素がなければ、長くつきあうのは苦痛だろう。
手早く、効率よく、エッチに持ち込みたい、女の子の興味の持てない話につきあうのは億劫――これが男性の本音かも。

さらに「できれば、お金・時間をかけずにエッチに持ち込みたい」と思っているかも。

まあ、男性にとって『よほどの魅力的な相手』でない限り、恋愛=交際には熱くなれないだろうな。

そう、男性はさほど恋愛=交際(好きな異性を時を過ごすこと)に重きを置いていない人が多いのでは、と。交際はエッチに持ち込むための義務であり、恋愛は面倒なもの=エッチするまでの手続きに成り下がった気もする。

もちろんモテたいだろう。彼女が欲しいだろう。
けど、それは「モテているオレってすごい、彼女いるオレ、リアル充実してます、皆うらやましいだろう♪」という自己承認欲求を満たしたいだけで、本当にその女性と長い時間を過ごし、つきあいたいわけではない場合も多かったりして。

『本物の恋愛』って難しそう。
だからこそ『君の名は。』が多くの人の心をつかんだのだろう。
もはや純愛はファンタジーの中にしか存在しない?

水野敬也氏の外見への執着・コンプレックス

さて、もうひとつ、水野敬也氏の気になる本がある。

顔ニモマケズ ―どんな「見た目」でも幸せになれることを証明した9人の物語

顔ニモマケズ ―どんな「見た目」でも幸せになれることを証明した9人の物語

 

 この本について紹介した記事はこちら↓

『顔ニモマケズ』は水野さんが、傷やアザなどの症状を持つ「見た目問題」の当事者たちと会話を重ね、仕事や恋愛について、外見から生まれる問題を彼らがどのように乗り越えてきたかを記した本です。「彼らが問題を乗り越えたプロセスは、外見に悩む人だけではなく、人生の様々な悩みに応用できる」という確信から、本書は生まれました。

水野さんは思春期の頃、「醜形恐怖」という外見への執着に悩んだ経験があるそうです。また学生時代には、イケメンのクラスメイトを見ようと教室を訪れた女の子に「ちょっとそこどいて」と言われ、傷ついたことも……。

そんな経験が劣等感を育て、水野さんは「ありのままの自分には価値がない」と思うようになり、それを払拭するために、おしゃれをしたり、社会的成功を目指したりする方向へと進んでいきました。

しかしベストセラー作家になっても、「コンプレックスにさいなまれていた14才の自分が泣き止まなかった」と水野さんは話します。そして「外見へのこだわりや劣等感が幸福を大きく左右する」という意識から、「見た目問題」に興味を持つようになったのです。

そして水野さんは、NPO法人「マイフェイス・マイスタイル」代表の外川さんへ連絡。これが、『顔ニモマケズ』が出版されたきっかけです。

というわけで――

水野氏自身、容姿への劣等感に苛まれていたんだとしたら、なおのこと『LOVE理論』で、ブスを見下したり、女性の容姿・体を哂う表現をしたことに違和感を覚える。

コンプレックスとは厄介なものだよな。
ま、今は男性も容姿を問われる時代となったけど……女性はずっと昔からだ。男女平等になったのかも^^;

ただ、こうも思う。
モテや恋愛や結婚から解放されれば、さほど容姿に悩まされずに生きていけるんじゃないだろうか。

友人関係であれば、容姿って問われないし。
『恋愛』って、今はもう呪い化されている気がする。

ところで、この『顔ニモマケズ』は評判はいいようだ。

余談・容姿差別『ロハス』CM炎上

『ブサメンの親切を気持ち悪がる女性』――ブサメンから親切にされることをピンチと表現したことで炎上した韓国系企業『ロハス』のCMを見た^^;

ま、その前にこのブサメンは、リンゴを拾うも、それを落とした女性に渡すのではなく、一目惚れしたと思われる別の女性に渡すので、親切でも何でもなく、このCMは『人は見かけが全て』ということを示しただけの、ある意味、えげつないCMだ。

ただ、この内容に違和感を覚える人が多かったから炎上したのであって、『人は見かけが全て』に異を唱えたい人も多いと言うことでもある。

ま、そりゃそうだよなあ。見かけだけで判断される世の中って、けっこう生きづらそう。

けど、やっぱり世間の本音を表したCMでもあるのだろう。

『ブサメンの親切』女性にとってはありがた迷惑らしいので、自分はブサメンだと思う男性は、女性には近づかないほうがいいのかもね。悪けりゃセクハラ、犯罪者扱いされそう。

そこまでのリスクを背負ってまで、女性に近づいたり、ましてや恋愛しようと思わなくなる男性が増えるのは仕方ないこと。

ワシが男の立場なら、そう思う。女性から気持ち悪がられたり、迷惑がられたりするのと引き換えにしてまで、女性に近づこうとは思わない。親切するだけ損^^;

けど、男性も女性を見かけで判断するのだから、お互い様なのだ。

つくづく思う。同性同士、友人関係であれば、人間の容姿をここまで重視しない。親切は親切で済む。だが、対異性、性的関係がほんの少し絡むと、容姿が重視されるようだ。なので、自分に自信のある者だけが恋愛とやらをがんばってみれば、と醒めた目で見る人が増えていきそうだね。

容姿に自信のない者は極力、異性には接触しないほうが安らかに暮らせそう。心をすり減らしてまで、恋愛をがんばることはないと思ってしまう。

容姿が劣るとされる女性の場合は単に見下され哂われるだけで済むが、男性の場合はセクハラ・犯罪者扱いされる可能性もあったりするようだし。『告白ハラスメント』と言う言葉も生まれた。

容姿差別――ブス・ブサメンを哂う・見下す表現は、何もこの『ロハス』のCMだけではなく、今までワシが紹介してきたエンタメ作品の中にもたくさんある。

そういった作品が生まれるのは、やはり作家自身がそう思っている、世間も本音ではそう思っているからなのだろう。

というわけで、女性も男性の容姿を重視するのは、ブサメン遺伝子を我が子に継がせたくないという本能が働くからかもしれないね。容姿がいかに大切であるか、女性自身、身に染みているだろうから。

そんなことを思ってしまった。

ま、整形大国の韓国を見習い、高須クリニックのお世話になるのもいいかもしれないが。容姿コンプレックスが日本国にもっと蔓延すれば、高須克弥氏、商売繁盛、ウハウハやね^^;

あるいは中東系移民を大量に受け入れて、混血を増やし、日本人の容姿を大改革するか――二重瞼でお目がパッチリ、彫が深い遺伝子を取り込み、今の美の価値基準に合わない不細工の根源だとされる蒙古襞や一重、平面的な顔を淘汰していくのもいいかもしれないね。(ゆるい民族浄化?)

 

※『告白ハラスメント』についての記事、紹介。