これも何かの縁

ピアノとマンガの道を歩んできたハヤシのエッセイ・イラスト・物語集

加害者家族(秋葉原事件)の末路・子育ては難しい☆『Aではない君と』『母親やめてもいいですか』

親子関係にまつわる小説やエッセイ、コミックを紹介しながら、子育ての難しさ、親の過酷さについて語る

もしも子が犯罪者になってしまったら。それも取り返しのつかない重罪を犯してしまったら、どうしたらいいのか、親の責任はどれくらいあるのか、どう子どもと向き合えばいいのか。

放任もダメ、過干渉もダメ、甘やかしても厳しすぎてもダメ。バランスよく『正しい愛情』を注がないと子どもは『まとも』に育たない?

目次

子育ての厳しさ

『Aではない君と』を読んで

薬丸岳氏の『Aではない君と』(殺人を犯した子どもと真剣に向き合う親の話)
これぞ人間ドラマ。おすすめです。

Aではない君と (講談社文庫)

Aではない君と (講談社文庫)

こういった小説を読むと、大事なのは『どんでん返し』でもなく、トリックでもなく、いかに人間(キャラ)をご都合主義やきれいごともなく、ウソっぽくなく、きちんと描くか、だよなと思った。

この物語は少年犯罪と加害者側の家族の、親のあり方を描いている。

主人公・加害者側である父親は妻と離婚をし、のちに殺人を犯す息子は妻に引き取られ、自身はやりがいのある仕事にまい進し、新しくできた恋人と恋愛中。
そこそこ幸せな暮らしをしていたのだけど――殺人犯した息子のためにその生活は一変する。そして、なぜ息子が殺人を犯すことになったのかを明らかにしながら、息子と共に立ち直っていこうとするお話だ。

この『Aではない君と』を読み、家族について考えさせられた。

主人公である父親は、離れて暮らしていた息子を放置していたというわけではなく、度々面会していた。
子どものことを愛している普通のお父さんである。
ただ、自分がやりたい仕事や恋人のことにも夢中になってしまっただけである。

子どものちょっとした異変に気づかない忙しい親御さんは多いだろうし、干渉しすぎても、それはそれでうまくいかないこともある。

ほかのことに夢中になれば、やはり子どもへかけるエネルギーは減ってしまう。
けど、それは許されないことなのだろうか?

親は常に子どものことに心を砕き、気遣い、見守り、目を離さず、子どもが最優先であり、子ども中心に生きなくてはいけないのか、と親の大変さを痛感させられる話である。
子育て――放任もダメだけど、過干渉もダメ。あまりに難しすぎる。

息子が犯罪を起こした後、主人公・父親は左遷され、暗に退職を迫られる。でも食べていかなくてはならないので『針のむしろ状態』となっても続ける。
仕事はただ最低限の生活をするためお金を得るためのものとなり、恋人とも別れ、今までの生活がすべて『なし』になる。

それは『子どもにきちんと向き合えず、子どもが発するSOSに気づかなかった親の責任』となり――『罪を犯した子どものために生きる、それが親のとるべき道』ということで、現実的にはとてもしんどい生き方だ。

でも、これを「しんどい、自分にはできない、自信がない、責任取れない」という人は子どもを持ってはいけないのかもしれない……。

ならば、少子化はごく当然の現象かもしれないと思ってしまった。

あまりに「子ども」はリスクが高い? もち犯罪者になるのは、ごくごくわずかだろうけれど。犯罪者にまでならなくとも、イジメや引きこもりの問題、職を得て自立できるのかなど、親の心配事は尽きないだろう。

『Aではない君へ』を読み、父親の子に対する愛に感動はするものの「家族万歳、家族って素晴らしい」という気持ちにはなれなかった。

下重暁子氏の『家族という病』がヒットした。「家族はリスク」と考える人がけっこういるのかも。

家族という病 (幻冬舎新書)

家族という病 (幻冬舎新書)

子ども優先の生活ができない人=他にやりたいことがある人は、子どもは持たないほうがいいかもしれない。
一方で、子どもを犯罪者にすることなく「家族って素晴らしい」「家族が一番」と思えるように育てている人というのは本当にすごいことなのだ。そして、子に夢や希望を持てる親は本当に幸せかもしれない。

――と、昨今の犯罪事件のニュースに触れるたびに思ってしまうのだった。

※ただ、犯罪者の中には、育ちや家庭環境は関係なく、持って生まれた性質(サイコパス的なもの、性的嗜好など)もあるだろう。 

現実の加害者家族の末路

現実社会でも、子の犯罪で加害者側の家族も破壊されることもある。

古くは、幼女を殺害した宮崎勤事件、少し前になるが同級生を殺害した女子高生、ともに加害者の父親は自殺した。残った加害者側家族も逃げるような暮らしを一生続けることになるのだろう。(もちろん被害者遺族の苦しみも一生続く)

秋葉原連続通り魔事件では、加害者家族は離散、母親は精神を病み、弟は自殺したようだ。

以下、一部転載。

「兄が母のコピーなら、僕はコピー2号。でも、僕は兄と同じことはしない」—。弟は悲痛な叫びを残して、みずから死を選んだ。大事件のあと、加害者家族を待っていたのは、拷問に近い日々だった。

「あれから6年近くの月日が経ち、自分はやっぱり犯人の弟なんだと思い知りました。加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけないんです。それが現実。僕は生きることをあきらめようと決めました。

死ぬ理由に勝る、生きる理由がないんです。どう考えても浮かばない。何かありますか。あるなら教えてください」

そう語った青年は、その1週間後、みずから命を絶った。彼の名前は加藤優次(享年28・仮名)。日本の犯罪史上稀にみる惨劇となった、秋葉原連続通り魔事件の犯人・加藤智大(31歳)の実弟だった。

母親は、加藤に対し『虐待に近い育て方』をしていたらしい……。

事件直後、加藤は「両親は他人だ」などと供述。テレビでは母親の虐待に関する近隣住民の証言が取り上げられた。そして事件から1週間後、優次は本誌で告白をした。それは次のような内容だった。

〈小学校時代から友人を家に呼ぶことは禁じられていた〉

〈テレビで見られるのは『ドラえもん』と『まんが日本昔ばなし』だけ〉

〈作文や読書感想文は母親が検閲して教師受けする内容を無理やり書かされた〉

〈兄は廊下の新聞紙にばらまいた食事を食べさせられていた〉

 そして、加藤の弟は自殺し、両親のほうは今――

地元の信用金庫の要職にあった父親は、事件から数ヵ月後に、退職を余儀なくされる。自宅には脅迫や嫌がらせの電話が相次ぎ、電話回線を解約した。記者の訪問も後を絶たず、マスコミの姿に怯えながら身を潜めて暮らした。

一方、罪の意識にさいなまれた母親は、心のバランスを崩して精神科に入院。

そこで、ふと雫井脩介の『望み』を思う。

望み

望み

※内容【息子が殺人事件に関わっていることを知る両親。が、加害者なのか被害者なのか、分からず、その過程で揺れ動く家族の姿を描いた作品】

加害者でいいから生きて帰ってきてほしいと願う母親。
加害者であるはずがないとする父親。
双方の思いが交互に描かれる。

もし息子が加害者だったら、家族はどうなってしまうのか、仕事を失い、住まいも変えなくてはならず、兄妹である娘にも害が及ぶ、ということも心配してしまう。

私も「加害者側の家族の立場だったら……」と思うことがある。加害者側家族を自分とは遠い別の世界の存在・別人種と切って捨てられないのだ。

「愛情に正しい、正しくないがあるのか?」とも思うが、世にいう過干渉は『正しくない愛情』なのだろう。きっと「それは単なる親の支配欲」「本当に子どものためを思っているわけじゃない」と批判されるのだろう。けど、その親にしてみれば「これも愛だ」と思って、全エネルギーを子どもにかけているのかもしれない。

干渉しなさすぎはそれはそれで問題とされ、放任、無責任だと非難される。

改めて、子どもをもつことの責任、子どもに対する向き合い方って本当に難しいのだなと思った。この世で一番難しいことなのではと。

よほどの人格者であり、コミュニケーション能力が高く、子どもを導いていける人、子に何かあったらきちんと気づき、正しい対処をし、過干渉でも過保護でもなく正しい距離をとり、正しい愛情でもって育てられる人でないと、子育ては無理なのではと。

なので、それをこなしている人は本当に偉いのである。

子育てを「人間として当たり前」「皆がやっていること」と片づけられないのでは、とつくづく思う。
子どもを持つことは、ものすごい覚悟がいることなのだろう。なので子どもをあえて持たない人が増えるのも仕方ない。
「親はなくても子は育つ」「なんとかなる」と気楽に思えない現代である。

発達障害児を捨てた母親の実話コミック

『Aではない君へ』とは真逆の作品を紹介しておこう。

これは、発達障害児の子を愛することができず、育児がしんどくて、結局、離婚をし、夫が子どもを引き取ることになり、子どもから逃げた(母親であることから逃げた)、きれいごとなしの実録・エッセイコミックだ。

そう、フィクションではない実話だ。世間から非難を浴びるであろうに、正直に描いてしまったこの作者はすごいなと思うと共に、このコミックの内容を知ったら子どもは傷つくかもな……。

アマゾンのレビューは賛否両論。

やはり親になるには、男も女も相当の覚悟が問われるなと思った。
覚悟がない人は親になってはいけないのかもしれない。

その代わり、覚悟を持ち、子育てしている人はもっと尊敬されていい。当たり前のことではなく、とてつもなく偉いことなのだとつくづく思う。

子育て関連・おすすめ小説

子育ての負担は半端ではない。
ネットではママたちの本音が聞かれるようになり、小説でも過酷な子育てをテーマにした作品が出るようになった。

いくつか作品を紹介しよう。

☆『不自由な絆』(朝比奈あすか) 

不自由な絆 (光文社文庫)

不自由な絆 (光文社文庫)

  • 作者: 朝比奈あすか
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2017/03/09
  • メディア: 文庫
不自由な絆

不自由な絆

  • 作者: 朝比奈あすか
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2014/09/26
  • メディア: Kindle

※内容【仕事に生きてきた洋美と専業主婦のリラは、乳児の予防接種会場で再会。頼もしいママ友ができたと好ましく思っていたが、こども同士の諍いをきっかけに、悩み苦しみ傷つき葛藤する。やられるばかりの息子が歯がゆい、乱暴な息子を愛せない。女たちの心の叫びを描く】

☆『明日の食卓』(椰月美智子)

明日の食卓

明日の食卓

  • 作者: 椰月美智子
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2016/08/31
  • メディア: 単行本

※内容【同じ名前の男の子を育てる3人の母親たち。愛する我が子に手を上げたのは誰か―。どこにでもある家庭の光と闇を描いた、衝撃の物語。 辛いことも多いけど、幸せな家庭のはずだった。しかし、些細なことがきっかけで徐々にその生活が崩れていく。無意識に子どもに向いてしまう苛立ちと怒り。果たして3つの石橋家の行き着く果ては……】

うん、こういった家庭を取り扱うテーマは女性作家が強いな。
男性作家だと「きれいごと」が入り、ぬるくなる。母が子の犠牲になるのは当たり前だという母性本能とやらを信じているのだろう。でも女性作家は子育ての苦痛を現実的に描写する。

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